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2008.06.11

三人無筆(さんにんむひつ) 落語

柳派の噺。でも、時流にはなじまないかもしれませんね。

お出入り先の伊勢屋の隠居が死んだので、
その弔いの帳付け(参列者の記帳)を頼まれたのが
熊五郎と源兵衛の二人。

熊は字が書けないので、
恥をかくのは嫌だから、
どう切り抜けようかとかみさんに相談すると、
朝早く、源さんよりも先に寺に行って、
全部雑用を済ましておき、
その代わり書く方はみんな源さんに押しつけちまえばいい
と言う。

なるほど
と思って、言われた通り夜が明けるか明けないかのうちに
寺に着いてみると、
なんと、源さんがもう先に来ていて、
熊さんがするつもりだった通りの雑用を一切合切片づけていた。

源さんも同じ無筆で、
しかも同じことをかみさんに耳打ちされてきたわけ。

お互い役に立たないとわかってがっかりするが、
しかたがないので二人で示し合わせ、
隠居の遺言だからこの弔いは銘々付け(自分で名前を書く)と決まっている
と、仏に責任をおっかぶせてすまし込む。

ところが、おいおい無筆の連中が悔やみに来だすと、
ゴマかしがきかなくなってきた。

困っていると地獄に仏、
横町の手習いの師匠がやってきたので、
こっそりわけを話して頼み込み、
記帳を全部やってもらって、ヤレヤレ一件落着、
と、後片付けを始めたら、
遅刻した八五郎が息せききって飛び込んでくる。

悪いところへ悪い男が現れたもので、これも無筆。

頼みのお師匠さんは、帰ってしまって、もういない。

隠居の遺言で銘々付けだと言ったところで、
相手が無筆ではどうしようもない。

三人で頭を抱えていると、
源さんが
「そうだ。熊さん、おまえさんが弔いに来なかったことにしとこう」

【うんちく】

無筆が無筆を笑った? 不思議

オチの部分の原話は、明和9(=安永元、1772)年刊
「鹿の子餅」中の「無筆」で、これは、弔問に来た
武士と取次ぎの会話となっています。

ただ、原型はそれ以前からあり、元禄14(1701)年刊
「百登瓢箪」巻二中の「無筆の口上」では、
客と取次ぎの両方が無筆、というお笑いはそのままで、
客が仕方なく印だけ押して帰るオチになっています。

この元禄年間(1688~1704)あたりから、無筆を
笑う小咄は無数にでき、落語も「無筆の医者」
「無筆の女房」「無筆の親」「無筆の犬」「按七」
「無筆の下女」「手紙無筆」「無筆のめめず」
など、やたらに作られました。 

江戸中期の享保年間(1716~36)あたりから
寺子屋が普及、幕末には、日本人の識字率は70%を
超えたといわれ、当時の世界最高標準でしたが、
それでも三割近くは無筆。

まして、18世紀半ばから19世紀始めでは、寄席に
来る客の三~四割が無筆という割合で、「無筆が
無筆の噺に笑っていた」ことになります。

現在なら人権問題でしょうが、何とも大らかな
時代ではありました。

柳派に伝わる無筆噺

明治28年11月、雑誌「百花園」掲載の
三代目柳家小さんの速記があります。

別題は「帳場無筆」「無筆の帳付け」「向うづけ」。

前項のように、無筆の小咄は遠く元禄年間まで
溯るので、この噺も相当古くから口演されて
いたものと思われます。

小さん代々に継承される柳派系統の噺で、五代目
小さんの音源もありますが、現在は無筆がほぼ
皆無となり、だんだん理解されなくなる運命でしょう。

戦後では八代目春風亭柳枝(1959年歿)が得意とし、
柳枝は記帳する名に、噺家仲間の本名を使っていました。
もと柳枝門下の現・三遊亭円窓が、独自の工夫で
持ちネタにしています。円窓のサゲは、

「そんなことをしたらだんなに申し訳がねえ」
「いや、かまいません。ホトケの遺言にしときます」

と、いうものです。

落語に多い「三人」噺

落語の世界で「三」は大きな要素です。

「三」のつく噺は、現在すたれたものを含め、
「三人旅」「三人絵師」「三人息子」「三人癖」
「三人馬鹿」「三人娘」「三方一両損」「三拍子」
「三枚起請」「三軒長屋」……まだまだあります。

仏教に「三界」という言葉があり、これは
過去・現在・未来の三世のこと。また、全宇宙は
「三千世界」。 仏教の三宝は仏・法・僧で、
長屋も三軒間口で三畳。

この噺に見られるように「三人寄れば文殊の知恵」
となるパターンが落語に多いのは、「三」が
最も安定した状態という、仏教哲学が深奥に潜んで
いるのではないでしょうか。

そもそも世界も「天地人」からなります。

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