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2008.06.24

指南書(しなんしょ) 落語

なかなかシャレた小品。こんな便利な書物があるといいんですが。

亭主の焼き餅が原因で、夫婦げんかが絶えない夫婦。

おやじが心配して、
檀那寺(菩提寺)の和尚さんにせがれを預け、
寺で精神修養させたところ、
その甲斐あって、だんだん人間が変わってきた。

その和尚が重病にかかり、いよいよという時、
若だんなに
「もう少しだけ、おまえには仕上がっていないところがある。
それが心残りだが、これを渡しておくので、
腹が立ったりした時は、どこでもこれを開いてみなさい」
と言い残して、息を引き取る。

その本の表紙には、「指南書」と書いてあった。

修行のせいか、若だんなの心も練れて、
それからは夫婦円満に暮らしていたが、
ある時、叔父さんのところへ五十両届ける用事ができる。

大金を持っているから、
道中話しかけてくる人間が、みんなうさんくさく見える。

「一緒にしゃべりながら行きましょう」
と近づいてくる男がいるので、
てっきりゴマノハエが金を狙ってきたのだと思って、
例の指南書を開いてみると、「旅は道づれ、世は情け」。

船着場から舟に乗ろうという時、
あと二人でいっぱいだという。

連れの男はぜひ乗ろうと勧めるが、
まだ指南書を開くと、「急がば回れ」。

そこで、無理して遠回りして歩いて行くと、急に激しい雨。

指南書を見ると、
「急がずば濡れざらましを旅人のあとより晴るる野路の村雨」
とあるので、雨宿りしていると、
なるほど、間もなく雨は上がった。

叔父さんの家に着くと、びっくりしたように
「どうやって来た」
と聞くので
「歩いてきました」
と答えると
「それがよかった。
さっきの夕立で渡し船がひっくり返り、
人が大勢死んだらしい」

驚いて浜に行ってみると、
最前の道連れの男の死骸も転がっている。

仏のお導きと胸をなで下ろし、
叔父さんが「一晩泊まっていけ」と言うのを、
女房が心配しているからと断って、
急いで家に帰ってみると、もう夜更け。

見ると、かみさんが男と一つ床。

かっとして、重ねておいて四つにと思ったが、
気を取り直してまた指南書を開けてみると「七度尋ねて人を疑え」。

女房を起こして
「おい、ここに寝ているのは誰だ」
「兄さんですよ。舟がひっくり返ったと聞いて、心配して来てくれたのさ」

次の朝、
義兄にわびを言って、土産の餅を皆で食べようとすると腐っている。

おかしいと思って、またまた指南書をひもとけば
「うまいものは宵に食え」

【うんちく】

上方創作落語の祖

オリジナルは、大阪の二代目桂文之助(1859~1930)が、
寺の法話をヒントに、明治後期にものした新作落語です。

この人は、明治・大正における上方の創作落語の
パイオニアとでもいうべき存在。

この噺のほか、「動物園」(ライオン)「象の足跡」「電話の散在」など、
今も高座に掛けられる、質の高い新作を多数残しています。

落語家にはまれな(?)品行方正で鳴る人であったらしく、
「指南書」にも、その生真面目さの一端がかいま見えています。

京都・高台寺門前で今も続く甘酒屋「文之助茶屋」の
創業者でもあります。

孫弟子が継承するも……

東京にも移植されましたが、
これといった特定の演者の音源・速記は見られません。

上方の大物では現・米朝も手掛けていますが、
文之助の子息・三代目笑福亭福松の門弟で、
いわば孫弟子筋の初代・森乃福郎が継承し、
しばしば演じていました。

福郎の音源は、三種類残されていましたが、
1987年9月のライブ音源が現在CD化されています。

この人は、ほかにも「象の足跡」ほか、
多くの文之助落語を復活させましたが、
惜しまれる早世(1998年、享年63)により、中絶。

現在は二代目福郎が、師匠の遺志を継いで
文之助落語を継承、高座に掛けています。

心理描写に富む上方の演出

初代福郎に伝わった本家の上方演出では、
東京の速記(三一書房刊「古典落語大系」収録)に比べて
主人公の不安な心理を、リアルにきめ細かく描写しています。

特に、ラストの、愛妻の姦通を疑う場面の懊悩と動揺は
あっさりした東京のものに比べ、悲痛といえるほどで、
このため、全体的にかなり長くなっています。

例えば、この場面では最初、指南書を見ると
「ならぬ堪忍するが堪忍」が出てくるので、とても
納得できず、いっそ四つ斬りにと思い詰めながら
再度思い直して指南書を再びめくり、
「七度尋ねて…」を得ることにしてあります。

そのほか、
上方では男が船に誘われるのは、
大津から草津へ渡す矢橋船、
土産に買うのは
草津名物の「姥が餅」で、
女房と寝ていたのは義兄でなく義母というのが、
東京と異なるところです。

なお、初代福郎がNHKで放送したとき、
この「姥が餅」が特定の登録商標だという理由で、
名前を出すことができなかった
という逸話があります。

ロシア版「指南書」

この噺のパターンとかなりよく似ているのが、
ロシア民話「よい言葉」です。

そのあらすじは以下の通り。

金持ちの商人の子イワンは、父親の死後
放蕩に身を持ち崩し、路頭に迷う身に。

それでも美男だったので、賢く美しい妻をめとり、
妻が織るじゅうたんを売って生計を立てている。

妻はある日、イワンに、市場へ行って
金でなく、ためになる「よい言葉」と引き換えに
じゅうたんを売るよう言い渡す。

そこでイワンはふしぎな老人に
最初は「死を恐れるな」
二度目は「首斬る前に起こして尋ねろ」
という言葉を授かる。

やがて、叔父の商用について航海に出たイワンは、
海上で海の裁きの女神に招かれ、
「死を恐れるな」という第一の箴言を思い出して、
勇気を奮って海底にもぐり、女神の悩みをとんちで解決。
報酬に、巨万の富を得る。

イワンはさらに世界中を回って商いを続け、
二十年後、大金持ちになって家路につくと、
妻が二人の若者とベッドに横になっていた。

思わずかっとなって、剣を引き抜いて姦夫姦婦を
成敗しようとするが、ここで二番目の教訓を思い出し、
妻を起こして問いただすと、若者二人は、
自分の留守中に妻が出産した双子の息子だった、
というわけで、めでたしめでたし。

つまるところ、
人間が窮地に陥ったときの行動パターンや
ワラにもすがりつきたくなる心理は、
洋の東西を問わず、まったく変わらない
ということなのでしょう。

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