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2008.06.14

四宿の屁(ししゅくのへ) 落語

尾籠な小噺の寄せ集め。これだけ集めりゃ、におってきそうっす。

江戸時代、品川、新宿、千住、板橋の
四つの岡場所(非公認の遊廓)を四宿といい、
吉原についでにぎわったわけだが、
それぞれの女郎の特徴を、屁で表した小噺。

まず品川。

昼遊びで、
女郎が同衾中に布団のすそを足で持ち上げ、
スーッとすかし屁。

客が「寒い」と文句を言うと
「あそこの帆かけ舟をごらんなさいよ」
と、ごまかす。

そろそろ大丈夫と足を下ろすと、
とたんにプーンとにおう。

「うーん、今のは肥舟か」

次は新宿。

これも、女郎が布団の中で一発。

ごまかそうと
「今、地震じゃなかった?」

今度は千住。

女郎が客に酌をしようとしている時に、不慮の一発。

そばにいた若い衆が、自分が被ってやると、
客は正直さに免じて祝儀をくれる。

女郎があわてて
「今のは私」

最後に板橋。

ここは田舎出の女が多く、粗野で乱暴。

客が女郎に「屁をしたな」と文句を言うと、
女は居直って客の胸ぐらをつかみ
「屁をしたがどうした。もししゃばりやがったらタダはおかねえ」
と、脅す。

仰天して
「言わないからご勘弁を」
「きっと言わねえな」
と言うと
「それじゃ、もう一発。ブーッ」

【うんちく】

四宿とは?

四宿と呼ばれた新宿・品川・千住・板橋は、
それぞれ、街道の親宿(=起点)で、
吉原のように公許ではないものの、
飯盛女の名目で遊女を置くことが許された四大「岡場所」でした。

以下、そのうち、新宿、板橋の沿革を一くさり。
他の二宿については、「居残り佐平次」「品川心中」(品川)、
「藁人形」「今戸の狐」(千住)をご参照ください。

四宿その1・内藤新宿

新宿は、正式名称は内藤新宿。

落語では「文違い」「縮みあがり」「五人廻し」
(演者によって吉原)などに登場します。

地名の起こりは、家康公江戸入府直後、高遠城主・内藤信濃守に、
現在の新宿御苑の地に屋敷を賜ったことからというのが定説ですが、
他に諸説あって、確定しません。

甲州街道の起点で、宿場設立は元禄11(1698)年。
浅草阿部川町の名主・喜兵衛ら有志六人が設立を請願、
その際、飯盛を置くことを許可されたものです。

当初は田んぼの中にあったとか。

当初、遊女の客引きが目に余るというので、
宿場そのものが享保3(1718)年にお取りつぶし。
54年後の明和9(1772)年に復興しました。

その後、新宿追分(現・新宿一~二丁目)を中心に栄え、
旗本・鈴木主水と遊女・白糸の情話もここが舞台。

遊女の投げ込み寺(死体遺棄所)として成覚寺がありました。

新宿の有名な郭は、「豊倉」「新金」など。

中でも新金は、明治時代には、娼妓の扱いが過酷なところから
「鬼の新金」の異名があり、
現在の伊勢丹向かい、マルイのあたりにあった見世です。

四宿その2・板橋

板橋は中山道の起点。

上宿・中宿・平尾宿の三つに分けられていました。

宿場の起源ははっきりしませんが、
幕府が中山道の宿駅をを正式に定めた
寛永7(1630)年当時からある、古い宿場です。

板橋の地名は、室町時代初期の成立とされる
「義経記」にも、既に記載されていますが、
上宿と中宿の境を流れる、石神井川に
掛かっていた木橋から起こったとされます。

郭は、四宿の中では最も格下で、
飯盛もこの噺に登場するように
粗野で田舎じみていると評されました。

板橋を舞台とする噺は他には「阿武松」くらいで、
演者によって「三人旅」の出発を中山道回りとする場合に
板橋を見送りの場に設定することもあります。

昭和の名人の「逃げ噺」

六代目三遊亭円生が「客がセコな時に演ったネタ」
(立川談志)として有名です。

その他、六代目春風亭柳橋は、トリでこれを毎日演じて、
席亭に文句を言われたというエピソードも。

円生の師匠で、明治・大正の名人・四代目橘家円蔵も
しばしば演じたといいます。

エクストラ・屁の小咄1

短い小咄の寄せ集めなので、演者によって異なったものを
挿入することがよくあります。

以下、そのいくつかをご紹介。

花魁が、客の前でスーッ。
ごまかそうと、母親の病気を治すため願掛けして
月に一度恥をかいていると言いつくろう。

客が感心して「えらいねえ」と言ったとたん、また一発。
「ほい、これは来月分」。

これは五代目志ん生のもの。

エクストラ・屁の小咄2

江戸城の大広間に、諸大名が集まっているところで、将軍が一発。

水戸さまが鼻を押さえて
「草木(=臭き)もなびく君の御威勢」
紀州さまが
「天下泰平(=屁)」
と続けると、諸大名が
「へーへーへー」

エクストラ・屁の小咄3

禿(かむろ)が客に酌をしながら一発。
花魁が叱って、下に降りろと言ったとたんに自分も一発。

「えー、早く降りないかい。あたしも行くから」。

……まことにどうも、罪のないというか、阿呆らしいというか。

原話は?

千住の小咄の原話のみ分かっていて、
明和9(1772)年刊の笑話本「鹿の子餅」中の「屁」です。

ただ、オチの部分は異なっていて、
後で、女郎がご祝儀をもらった若い衆にそっと

「あたしのおかげだよ」

とささやき、恩に着せるというもの。
現行のようなシャープさはありませんが、
これはこれで、その恩義が「屁」であるという、
ばかばかしいおかしみがあります。

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