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2009.03.05

尿瓶(しびん) 落語

いまどきは「しびん」を知らない人もいるかも。

田舎の侍が、
道具屋をあさると、古いしびんを見つけた。

侍、これを花瓶と間違えて、
明日国元に帰るが、土産物にしたいからぜひ欲しい
という。

それはしびんだと正直に言っても
「ああ、しびんという者が焼いたか」
と、いっこうに通じない。

そこで道具屋の安さん、
この馬鹿を一つ引っかけてやれと
「これは日本に二つとないものでございます。
だんなさなのお目利きには感服いたします」
とおべんちゃらを並べ、五両と吹っ掛ける。

知らぬほど怖いものはなく、
侍は「安い」と喜び、即金で買っていった。

花瓶と勘違いして、侍が宿で花をいけていると、
知り合いの本屋があいさつに来て、
それは小便をするしびんだ
と教えたから、さあ怒ったのなんの。

道具屋にどなり込み、
手討ちに致すから首を出せ
と刀の柄に手を掛けたから、
安さんは真っ青になって震えた。

「病気の老母に、朝鮮人参という五両もする高い薬を
のまさなければなりません。
その金欲しさ、悪いこととは知りながら、
ただのしびんを五両でお売りしました。
母の喜ぶ顔を見ますれば、
もうこの世に思い置くことはございませんから、
その時まで命を預けてください」

もちろん、その場からドロンするつもりでの、ウソ八百。

侍は
「孝行のためとあらばさし許す」
と、帰っていった。

お袋なんぞ、もう三年前に死んでいる。
隣の吉つぁんが騒ぎを聞きつけてやって来て
「おい、首ゃあついているかい?
それにしてもさすがはお侍、
よく代金を返せと言わなかったな」
「それもそのはず。小便(売買契約破棄)はできねえ。
しびんは向こうにある」

【うんちく】

朝鮮人参って?

時代劇に登場する、高価な薬といえばこれ。
享保年間(1716-36)に種子が朝鮮から渡来しました。

根を乾燥したものが、漢方薬に用いられます。

肝心の薬効は、強壮・健胃などで、疲労や虚脱、
胃腸虚弱などに効果があるとされますが、
むろん万能薬ではありません。

「仮名手本忠臣蔵」七段目の大星由良之助に、
「人参のんで首くくるようなもの」というセリフがありますが、
これは、高価な人参を無理して手に入れて
病人が回復しても、べらぼうな薬代の借金で
結局は首をくくらなければならない、という皮肉で、
ムダな骨折りという意味のことわざになっています。

この程度の薬でも、町人にとっては「高嶺の花」で、
江戸時代では事実上、無医、無薬同然、
病気になればほとんど、「はいそれまで」だったわけです。

しびんって?

「しゅびん」ともいい、昔は陶製でした。

黒門町の文楽も、マクラで説明しているのですが、
江戸時代は瀬戸物屋で、たかだか二十~二十五文が相場。

日用品なので、いくら侍でも知らないのはおかしいと
言えなくはありませんが、現代同様、元来
病人、老人の使うものなので、どこの家にも
あるという品ではありませんでした。

隠れた文楽十八番

三代目三遊亭円馬が、大阪在住中に仕込んだ
上方落語「しびんの花活け」を東京風に直し、
円馬に芸を仕込まれた八代目桂文楽が直伝で継承、
十八番の一つに仕立てたものです。

したがって、文楽在世中は、東京では
他に演じ手はありませんでした。

本家の大阪では、橘ノ圓都(1883-1972)が持ちネタとし、
道具屋は大坂・日本橋(にっぽんばし)筋の露店、
武士は鳥取藩士で演じました。

演題は、「こいがめ」と同様、汚いので、
「花瓶」で演じられることもあります。

音源は文楽のほか、「花瓶」の題では
十代目金原亭馬生のものがあります。

 小便はご法度

というわけで、買わずに逃げる意味の「小便」は、
元々江戸ことばですが、現在でも業界では
普通に使われているようです。

道義的には、商取引上は一種の詐欺行為と見なされるので、
「引っ掛ける」から小便としゃれたものでしょう。
元は、露天商などの符丁でした。

「左少弁」は、どうも怪しいものです。

小便の由来

原話は宝暦3(1753)刊の「軽口福徳利」中の「しゆびん」、
続いて同13(1763)刊「軽口太平楽」中の
「しゅびんの花生」で、いずれも大坂ルーツですが、
もっとも古い原型は、元禄7(1694)年、江戸で刊行の
「正直咄大鑑」赤之巻四「買て少弁」中の
「商人の物売にねをつけてまけたるとき、
かわぬを江戸ことばにしやうべんのするといふ由来」
という、長ったらしい題の小咄とみられます。

これは、左少弁道明卿という公家の家人が
主命で江戸に下り、日本橋の骨董屋で散々
値切ったあげく買わなかったことから、
常識をわきまえないのを「少弁」→しょうべんと
呼んだ由来話です。これが「小便=買わずに行く」
と転化したわけでしょうが、ともかく現行の
オチの部分の元となっています。

宝暦年間の二つの原話は、それぞれ田舎者と
無筆の者をからかう内容で、前者は、田舎者が
しびんを十個も買うので訳を尋ねると、

「故郷でそばを打つので、つゆを入れる猪口にする」

という笑話、後者は逆に客がしびんと気付いて
詰問するので、花瓶だとだまそうとした亭主が
しどろもどろになり「いえ、そんな名のあるもの
ではありません」とごまかすものです。

どちらも「小便」のくだりはありませんが、
後者の方が、現行により近い内容です。

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