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2009.03.24

地見屋(じみや) 落語

こいつは、今でも通用する、元手要らずのよい商売です。

どん底生活で失業同然の熊五郎。
きれいな着物を着て、うまい物をくって、
女に惚れられて、働かなくても飯がくえるような
いい商売はないものかと思いを巡らすうち、
ふと気になったのが長屋の隣に住んでいる独り者。

ついぞ商売を聞いたことがない。
見るからに羽振りがよさそうなので、
ワリのいい仕事をしているに違いないから、
ひとつ談判して、腕づくでも仲間にしてもらおうと
物騒なことを考え、隣へ出かけていった。

前々からうさん臭いとにらんでいたので
「てめえは昼間はグーグー寝ていて、
夜出かけて朝帰ってくるからには、
ドのつく商売だろう。さあ白状しねえ」
と、カマをかけて脅すと、
男は、自分の商売は素人には説明しにくい商売だ
と言う。

人殺しと言い立てるぞ
と脅迫して、ようやく聞き出したところによると、
男は地見屋。

つまり、文字通り地面を見て歩き、
金目のものを拾って横流しする「拾い屋」。

お上の目がヤバイが、
腕によっては元手要らずの上、
相当もうかると聞き、
熊は喜んで、俺もやってみるから一口乗せろ
と頼むが、「組合」の加入金兼技術の指導料五十銭が前金で要る
とのこと。

熊公は一文なしなので、
強引に後払いということにさせ、
秘訣を無理矢理聞き出す。

男の教えたところでは、
現ナマは夜中から夜明けにかけてが一番拾いやすい
という。

「仲間うちでは、
五銭でも厳禁を拾うと酒をのんで祝うんだよ。
悪い月でも三、四十円、運がよければ百円以上拾うね。
そうすると、仲間に赤飯を配るんだ」

熊は、家のガラクタを残らず売り飛ばした一円をふところに、
日が暮れきらないうちから両国、日本橋横山町辺を
地面ばかり見ながら捜索するが、
夜中まで足を棒にしても、まるでダメ。

しかたなく、一円を「前祝い」に回して、
一杯景気をつけようと屋台のおでん屋に飛び込む。

のむうちに気が大きくなり、
親父相手に大ボラを吹きまくった末、
勘定を払おうとすると、なけなしの一円がない。

馬鹿は話で、あまり下ばかり向いていたから、
金を拾わずに落としてしまったらしい。

親父に代金代わりに半纏を召し上げられ、
しょんぼりと帰ってみると、例の地見屋が祝杯中。

親父橋の近くで一円入った汚いがま口を拾った
という。

見ると、まさしく落としたがま口。

「泥棒め、さあ返せ」
「拾うのが商売だから返せねえ」
「返さねえと警察ィ引っ張ってくぞ」
と強引に取り返したが、
「オイオイ、五十銭しかねえぞ」
「へえ、そいつは講習料にさっ引いといた」

【うんちく】

白樺派ご一行さまの「地見屋ツァー」

犬養道子著「花々と星々と」によると、
大正末期、暇を持て余した白樺派の文士連中が、
シャレによく、郊外から銀座まで、
地見屋よろしく金拾いに出かけたとか。

「オレは○銭」「僕は×銭」と、
「収穫」を互いに披露しては、
ゲラゲラ笑いあっていたそうで。

そろいもそろって華族の御曹司で、貧乏文士を装っても
いざとなれば、金などいつでも無尽蔵に親から搾り取れる
この連中に、どん底、最底辺の哀しみや悲惨さなど
分ろうはずはありませんが、それにしても
これは……愚かしくもサイテイの行為ですな。

もう一つの演出

長く途絶えていたのを、現・三遊亭金馬が
復活しましたが、めったに演る者もいないようです。

ほとんど改作に近い別演出もあり、
それによると、長屋の吉兵衛が地見屋という
怪しげな商売をやっているというので、
大家が、泥棒にちがいないと後をつけますが、
くたくたになって諦めて帰るハメに。

吉兵衛が汚い財布を井戸端で拾ったと
喜んで帰ったので、大家がよくよく見ると

「あっ、オレの財布だ」

と、サゲになります。
まともな大家なら、そんな怪しげな者には店を
貸しませんし、それを承知で貸すような大家なら
逆にヤボな詮索はするはずもないので、
こちらは理屈的には、少し無理があるでしょう。

西鶴ゆかりの噺

原話は、貞享2(1685)年刊の井原西鶴(1642-93)作の浮世草子
「西鶴諸国ばなし」巻五の七「銀がおとしてある」です。

これは、大坂の正直者の男が江戸へ出て、銀(かね)拾い
すなわち地見屋をやって成功し、金持ちになるという筋です。 

これを基に、四代目柳家小三治(のち二代目柳家つばめ、
1876-1927)が明治末年に作ったもので、
小三治自身の明治44年の速記が残ります。

地見屋って?

ここでは、ほとんど金だけを目的に
拾って歩くわけですから、今でいう拾得物隠匿で、
文字通りの裏稼業です。

もう少し堅気の古紙回収業に近く、合法的な商売に
「よなげや」と「残土屋」がありました。
前者は、どぶ川に腰まで浸かってふるいで鉄くずを
拾う商売、後者庭を掘り返して余った土を、
煉瓦の灰やブリキ缶などのゴミごと買い取るものです。

埋立地に持って行って高く売るほか、ゴミの中から
慶長小判など、思わぬ宝物を見つけて
大もうけすることもままあり、
この種の商売は始めればやめられないものだったとか。

「土一升金一升」とか「穴埋めをする」という言葉は、
ここからきたとは、三代目三遊亭金馬の説です。

なお蛇足ながら、地見屋やよなげやに似た商売は
ヴィクトリア朝のロンドンにもありました。

地下の下水道に潜り込み,金目の物をさらう
「ショア・ワーカー」「トッシャー」と呼ばれた人々や、
テムズ河の川底の泥から、石炭や金属片を拾う貧民がそれです。

どこの国でも、都市のどん底暮らしは結局
似たようなものなのでしょうね。

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