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2009.04.20

大仏餠(だいぶつもち) 落語

文楽のおはこでした。でも、「神谷幸右衛門」の名が言えずに…。

ある雪の晩、上野の山下あたり。

目の不自由な子連れの物乞いが、ひざから血を流している。

ふびんに思った主人が、手当てをしてやった。

聞けば、新米の物乞い。
山下で縄張りを荒らしたと、
大勢の物乞いに袋だたきにあったとか。

子供は六歳の男児。
この家では子供の袴着の祝いの日だった。

同情した主人は、
客にもてなした八百善(やおぜん)からの仕出しの残りを、やろうとした。

物乞いが手にした面桶を見ると、
朝鮮さはりの水こぼし。

驚いた主人、
「おまえさんはお茶人だね」
と、家へあげて身の上を聞いてみると、
芝片門前でお上のご用達をしていた神谷幸右衛門のなれの果て。

「あなたが神幸さん。
あなたのお数寄屋のお席開きに招かれたこともある
河内屋金兵衛です」
と、おうすを一服あげ、大仏餠を出す。

幸右衛門、感激のうちに大仏餠を口にしたため、
のどにつかえて苦しんだ。

河内屋が背中をたたくと、幸右衛門の目が開いた。
ついでに、声が鼻に抜けてふがふがに。
「あれ、あなた目があきなすったね」
「は、はい。あきました」
「目があいて、鼻が変になんなすったね」
「はァ、いま食べたのが大仏餠、目から鼻ィ抜けました」

【うんちく】

「三代目になっちゃった」 その1

三遊亭円朝の作で、三題噺をもとに作ったものです。
出題は「大仏餅」「袴着の祝い」「新米の盲乞食」。

円朝全集にも収録されていますが、昭和に入っては
何をおいても八代目桂文楽の独壇場でした。

文楽の噺としては「B級品」で、客がセコなときや
体調の悪い場合にやる「安全パイ」のネタでしたが、
晩年は気を入れて演じていたようです。

にもかかわらず、この噺が文楽の「命取り」に
なったことはあまりに有名です。

この事件の経緯については、大西信行著「落語無頼語録」
に、文楽の死の直後の関係者への取材をまじえて
詳しく書かれ、またその後今日まで四十年近く、
折に触れて語られています。以下、簡単にあらましを。

「三代目になっちゃった」その2

1971(昭和46)年8月31日。この日、国立劇場の
落語研究会で、文楽は幕切れ近くで、登場人物の
「神谷幸右衛門」の名を忘れて絶句。

「もう一度勉強しなおしてまいります」

と、しおしおと高座を下りました。
これが最後の高座となり、同年12月12日、肝硬変で
大量吐血の末死去。享年79歳でした。

文楽はその前夜にも同じ「大仏餅」を東横落語会で
演じ、無難にやりおおせたばかりでした。

高座を下りたあと、楽屋で文楽は淡々とマネージャーに
「三代目になっちゃったよ」と言ったそうです。

「三代目になっちゃった」その3

三代目とは三代目柳家小さん(1930年歿)のこと。
漱石も絶賛した明治・大正の名人でしたが、晩年は
アルツハイマーを患い、壊れたレコードのように
噺の同じ箇所をぐるぐる何度も繰り返すという
悲惨さだったとか。

文楽は、一字一句もゆるがせにしない完璧な芸を
自負していただけに、いつも「三代目になる」
ことを恐れて自分を追い詰め、いざたった一回でも
絶句すると、もう自分の落語人生は終ったと
いっさいをあきらめてしまったのでしょう。

「三代目になった」ときに醜態をさらさないよう、
弟子の証言では、それ以前から高座での
「お詫びの稽古」を繰り返していたそうです。

大西氏は文楽の死を「自殺だった」と断言しています。

神谷幸右衛門は、噺の中でそのとき初めて出てくる
名前ですから、忘れたら横目屋助平でも美濃部孝蔵でも、
何でもよかったのですがね。

文楽のたたりか?「大仏餅」無許可放送事件

2008年2月10日、NHKラジオ第一放送の
「ラジオ名人寄席」で、パーソナリティーの
玉置宏氏が、個人的に所蔵している八代目林家正蔵の
「大仏餅」を番組内で放送しました。

ところが、これが以前にTBSで録音されたものだったため
著作権、放映権の侵害で大騒動になり、すったもんだで
玉置氏は降板するハメになりました。

文楽のを流しておけば、あるいは無事ですんだかも
知れませんね。やはり、自分の専売特許を侵害された?
文楽のタタリなのでしょう。

「大仏餅」は文楽没後は前記正蔵が時々演じ、現在では
柳家さん喬、大阪の桂文我などが持ちネタにしていますが、
音源は文楽のもののほか、まで出ていません。

大仏餅って?

江戸時代、上方で流行した餅で、
大仏の絵姿が焼印で押されていました。

京都の方広寺大仏門前にあった店が本家と
いわれますが、奈良の大仏の鐘楼前ともいい、
また、同じく京都の誓願寺前でも売られて
いたとか。支店だったのでしょうか。

この餅、安永9(1780)年刊の秋里籬島著
「都名所図絵」にも絵入で紹介されるほどの
名物で、同書の書き込みにも、

「洛東大仏餅の濫觴は則ち方広寺大仏殿建立の
時よりこの銘を蒙むり売弘めける。その味、
美にして煎るに蕩けず、炙るに芳して、陸放翁が餅、
東坡が湯餅にもおとらざる名品なり」

と絶賛。また、滝沢馬琴が享和2(1802)年、京都に
旅したおり、賞味して大いに気に入ったとか。

この店、昭和17年まで営業していたそうです。

今も、京都のどこかの和菓子屋で売っているという
未確認情報もありますが、どうも眉唾です。

面桶(めんつう)って?

一人分の飯を盛る容器です。

袴着の祝いって?

男児が初めて袴をはく儀式です。
三歳、五歳、七歳など、時代や家風によって
祝いをする年齢が変りました。

朝鮮さはりの水こぼしって?

さはりは銅、錫、銀などを加えた合金。

水こぼしは、茶碗をすすいだ水を捨てる茶道具です。

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