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2009.04.13

菅原息子(すがわらむすこ) 落語

「芝居」といったら、歌舞伎に決まっていたころの噺ですね。

芝居狂の若だんな、
今日も「菅原伝授手習鑑」を見物してご機嫌で帰宅。

いきなり
「女房ども、今戻った」
と、妙な声を張りあげて、物乞いと間違われる。

女房に
「オレがいい気持ちで気取っているんだから、おまえもつきあえ」
と、無理やりに
「こちの人、よく戻らさんしたな」
という、「寺子屋」の源蔵女房戸浪のセリフを強要。

食膳を見ると
「ハテ、膳部の数が一脚多い」
と松王になり、アワビのふくら煮が出ると
「ナニ、死貝と生貝とは風味味わいの変わるもの、
真っ赤な赤螺(あかにし、タニシの一種)その手はくわぬ」
「お平(浅く平たい椀)は何だ? 豆腐? 
平は豆腐皿の鰈の焼き魚、何とて猪口はしたしなるらん」
などと、すべて「寺子屋」気取り。

かと思うと、いきなり椀の蓋を取って
「あ~ら、怪しやな。
今汁椀の蓋を取ると、にわかに水気立ち上がりしは、
凶事のしるしか吉事のしるしか、何にせよ怪しきこの場の、
有様、じゃ、なあー」

これを聞いたおやじ、カンカンに怒って
「この馬鹿野郎」
と飛び掛ったのを、若だんなヒョイと避け、
「親びと、御免」
と、ほうり投げた。

「あれまあ、あなた、お父さんを投げて」
「女房喜べ、せがれがおやじに勝ったわやい」

【うんちく】

元々はマクラ噺

原話は不詳で、芝居好きをからかった小咄が
集まってできたものでしょう。落語としては
上方ダネで、別題を「芝居狂」ともいいます。

明治から大正にかけ、初代春風亭柳橋、二代目
三遊亭金馬、四代目三遊亭円馬ら、芝居噺を
得意にした演者の速記が残ります。

芝居の噺のマクラによく付けられますが、近年は
この演題で、一席噺で演じられることはまれです。

二代目金馬(碓井の金馬、1926年歿)の大正4年の
速記では、「浮かれ三番」(近日アップ予定)の
マクラで演じています。

金馬はこのあと、盗賊が料理屋に押し入って
百円脅し取り、空腹で飯を要求すると、主人が
「あなたは金を盗るのが商売、私は料理を売るのが
商売だから、お代を出してくれ」
と言うので、仕方なく、百円払ってさっ引きに
なるという小咄を付けています。

その泥棒も実は芝居狂で、子分が「親分、首尾は」
と聞くと「シーッ(声が高い)」というお笑いです。

おやじ流罪で、せがれが死罪??

菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅ・てならいかがみ)は、
延喜元(901)年の菅原道真流罪事件に取材した、
全五段の時代物浄瑠璃。

延享3(1746)年8月21日、大坂・竹本座初演。

作者は翌年、竹田出雲・並木千柳・三好松絡・
竹田小出雲の合作。歌舞伎初演は翌年9月、
京都・嵐座です。

「寺子屋」は四段目の切。今は敵・藤原時平方に
仕えている舎人(とねり)・松王丸が、手習師匠の
武部源蔵がかくまう菅丞相(道真)の一子・菅秀才の
危急を救い、故主に忠義を立てるため、わが子・
小太郎を身代わりにすべく、寺子屋に弟子入りさせます。

菅秀才の首を討って差し出せという時平の命に、
菅丞相の門弟だった源蔵が懊悩しているところに、
松王丸自身が検分役となって乗り込み、源蔵に
小太郎を斬らせ、時平一味の目を欺くという悲劇です。

膳部の数が一脚多い

以下、すべて芝居のセリフのパロディです。

「膳部の数…」は松王が、寺子屋から帰る子供の
数より、手習い机が一脚多いので、これは菅秀才の
ものに違いないとわざと言い立て、小太郎を
身代わりにするきっかけにしようとする場面のセリフ、
「机の数が一脚多い」から。

「生貝と死貝」も同じく、松王が源蔵に言う
「生き顔と死に顔は相好の変るなぞと、身代わりの
にせ首、その手は食わぬ」から。

「平は豆腐」は、松王が、三つ子の弟・桜丸の
忠義を引いて、源蔵夫婦に自分の菅丞相親子への
真情を吐露するセリフ、
「梅は飛び 桜は枯るる世の中に 何とて松の
つれなかるらん」の地口です。

1903年・初代円遊の肉声

明治の珍芸寄席四天王の筆頭にして、近代
こっけい噺のパイオニア、「鼻の」「あばたの」
「ステテコの」など、あまたの異名を奉られた
初代(実は三代目)三遊亭円遊。

漱石も抱腹絶倒した「元祖・爆笑王」の、今に
伝わる肉声が、たった二種類の蝋管レコードに
残され、CDにも復刻されています。

一つはこの「菅原息子」で、死の四年前の明治36年、
落語初のレコードとして、初代快楽亭ブラック、
四代目橘家円喬などが、英グラモフォンに吹き込んだ
記念すべきシリーズの一枚(「世辞屋」参照)。ほかに
米コロムビア吹き込みの「野ざらし」があります。

百年以上前の、原始的な蝋管からの復刻音源ですが、
やや鼻にかかった高っ調子、立て板に水の早いテンポ。

わずか正味三分足らずですが、鳴り物入りで芝居の
声色仕立て。このころはもう晩年で、人気も落ち目に
なっていたはずですが、さすがにただものではない
円熟した技芸が、時を越えて伝わってきます。

まぎれもなく「明治からのメッセージ」でした。

せがれがおやじに…

サゲの部分も、松王丸が女房・千代に言うセリフ、
「女房よろこべ、せがれがお役に立ったわやい」
のもじりです。

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