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2009.04.18

大神宮(だいじんぐう) 落語

神さまと仏さまが吉原へ。近頃人気ののコミックみたいですね。

昔、浅草雷門脇に、磯辺大神宮という祠(ほこら)があった。

弁天山の暮れ六ツの鐘がなると雷門が閉ざされるので、
吉原通いの客は、みなここの境内を通り抜けた。

待ち合わせの連中が、
今朝は女郎が便所に立ってそのまま消えてしまったので、
あいつは丑歳だろうとか、
つねられた痕を見ると女を思い出すから、
消えないように友達にまたつねってもらった
などと、愚痴やノロケを並べる。

大神宮が祠からこれを聞き、
人間どもがあれだけ大騒ぎをするからには、
女郎買いというのはよほど面白いものに違いないと、
自分も行ってみたくてたまらなくなった。

一人で行くのはつまらないから、
誰か仲間を、と、あれこれ考えているうち、
黒い羽織で粋ななりをした門跡さま(阿弥陀如来)がそこを通りかかった。

誘うと乗ってきたので、
自分も茶店でいかめしい直垂(ひたたれ)と金の鉢巻きを脱ぎ、
唐桟(とうざん)の対、茶献上の帯という姿になると、連れ立って吉原へ。

お互いに正体がばれるとまずいから、
大さん、門さんと呼び合うことにした。

その晩は芸者を揚げて、ワッと騒いでお引けになる。

明くる朝、若い衆が勘定書きを持っていくのに、
一人は唐桟ずくめで商家のだんな然とし、
もう一方は黒紋付の羽織で頭が丸く、
医者のようなこしらえだから、
これは藪医者がだんなを取り巻いて遊んでいるのだろう
と、門跡さまの方に回すことにした。

「ええ、おはようございます。
恐れ入りますが、昨夜のお勤め(=勘定)を願いたいので」

「お勤め」というから、大神宮、正体がバレたかと思い、
「いたしかたありません。手をこうやって合わせなさい」
「へい」
「では、やりますよ。ナームアミー」
「へへ、これはどうもおからかいで。お払いを願います」
「お祓(はら)いなら、大神宮さまへ行きなさい」

【うんちく】

鼻の円遊の創作?

直接の原話は不詳ですが、神仏が女郎買いに
行くという趣向は、宝暦7(1757)年刊の洒落本
「聖遊廓」にすでにあり、これは孔子と老子と
釈迦の三人が、大坂・道頓堀で茶屋遊びすると
いう、罰当たりなお話。

ついで、天明3(1783)年刊の洒落本「三教色」
では、天照大神と釈迦と孔子と老子が吉原で
女郎買いという、天をも地をも恐れぬ物凄さ。

この噺の現存最古の速記は、「神仏混淆」と題して
明治24年10月、「百花園」に掲載された初代(鼻の)
三遊亭円遊のものです。噺の中に、

「神仏共に力を戮(あわ)せて日本人民を助けましょう」

などのセリフがあるので、この噺は、明治20年代、
明治初期の神仏分離、廃仏毀釈の政策が見直され、
宗教の融和が進んだことを当て込んだ(たぶん円遊の)
新作ではないか、というのが故・暉峻康隆の説です。

大正期は「盲」小せん十八番

初代円遊は、品川・鮫洲の荒神さまが幇間役で
大神宮と阿弥陀さまを吉原へ誘うという設定で、
神仏が三人(?)となっています。

荒神さま(竈の神)も大神宮の末社なので、当時、
円遊以外でも、これを主役にする演者がいたようです。

明治末から大正にかけては、廓噺を集大成した
盲小せんこと初代柳家小せんの独壇場でした。

演題を「大神宮」として、磯辺大神宮にしたのも
小せんで、その遺稿集「廓噺小せん十八番集」に
晩年の速記が収録されています。

別題はほかに「大神宮の女郎買い」「お祓い」などです。

パーツを取られ、本体消滅

現在は継承者がなく、すたれた噺ですが、小せんの
マクラ部分は、多くの後輩が「いただい」ています。

女郎の便所が長いので、あいつは丑年だろうという
クスグリは、八代目桂文楽が「明烏」に、五代目
古今亭志ん生が「義眼」に、それぞれ使っていました。

二人とも小せんに直伝で廓噺を伝授された「門下生」。
志ん生はこのほか、あらすじでは略しましたが、
小せんの振ったもう一つのマクラ小咄「蛙の女郎買い」
を、「首ったけ」その他、自らの廓噺にそっくり
頂戴していました。

なお、前半の遊客のノロケ部分をふくらませたものが
かつて「別れの鐘」として一席噺になっていました。

これは、あまり女郎に振られるので意趣がえしに
帰り際、女郎屋の金たらいをくすね、背中に
隠したはいいが、女に「また来てくださいよ」と
背中をたたかれ、「ボーン」と鐘のように
たらいが鳴ってバレるというもの。

これも、現在では演じ手がありません。
「大神宮」自体、1941年10月、「はなし塚」に
葬られた53種の禁演落語にすらないため、当時、
もうすでに後継者はなかったのかもしれません。

磯辺大神宮って?

落語「富久」でおなじみの大神宮さま。

大神宮は、伊勢の内宮(皇太神宮)と
外宮(豊受大神宮)を併せた尊称です。

磯辺大神宮は、伊雑とも書き、伊勢内宮の別宮です。
江戸では、北八丁堀の塗師町にも勧請して
ありましたが、浅草のは、浅草寺の日音院が
別当をしていました。

現在の雷門付近にありましたが、
明治元年3月28日の新政府の神仏分離令で
廃され、今はありません。

門跡さまって?

元々は本願寺のことで、「築地の門跡さま」とも。
そこから、阿弥陀仏の異称に転化しました。

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