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2009.04.30

たばこの火(たばこのひ) 落語

もとは上方の噺。それを、三木助が持ってきたんだそうです。

柳橋の万八という料理茶屋にあがった、
結城ごしらえ、無造作に尻をはしょって甲斐絹の股引き、白足袋に雪駄ばき
という、なかなか身なりのいい老人。

欝金(うこん)木綿の風呂敷包み一つを座敷に運ばせると、
男衆の喜助に言いつけて駕籠(かご)屋への祝儀二両を帳場に立て替えさせ、
さっそく芸者や幇間を総揚げに。

自分はニコニコ笑って、それを肴(さかな)にのんでいるだけ。

その代わり、
芸者衆の小遣いに二十両、幇間に十両、茶屋の下働き全員に三十両
と、あまりたびたび立て替えさせるので、帳場がいい顔をしない。

ただいま、ありあわせがございません、と断れ
と、喜助に言い渡す。

いよいよ自分の祝儀という時に
ダメを出された喜助、
がっかりしながら老人に告げると
「こりゃあ、わしが無粋だった。
じゃ、さっきの風呂敷包みを持ってきておくれ」

包みの中には、小判がぎっしり。

これで立て替えを全部清算したばかりか、
余ったのを持って帰るのもめんどう
と、太鼓と三味線を伴奏に、
花坂爺さんよろしく、小判を残らずばらまいて
「ああ、おもしろかった。はい、ごめんなさいよ」

あれは天狗か
と、仰天した喜助が跡をつけると、
老人の駕籠は木場の大金持ち・奈良茂の屋敷前で止まった。

奈良茂ならごひいき筋で、
だんなや番頭、奉公人の一人一人まで顔見知りなのに、
あの老人は覚えがない。

不思議に思って、そっと大番頭に尋ねると、
あの方はだんなの兄で、気まぐれから家督を捨て、
今は紀州で材木業を営む、通称「あばれだんな」。

奇人からついた異名とのこと。

ときどき千両という「ホコリ」が溜まるので、江戸に捨てに来るのだ、
という。

事情を話すと
「立て替えを断った? それはまずかった。
黙ってお立て替えしてごらん。
おまえなんざあ、四斗樽ん中へ放り込まれて、
糠の代わりに小判で埋めてもらえたんだ」

腰が抜けた喜助、帰って帳場に報告すると、
これはこのまま放ってはおけない
と、芸者や幇間を総動員、
山車をこしらえ、人形は江戸中の鰹節を買い占めてこしらえ、
鷹頭の木遣りや芸者の手古舞、囃子で景気をつけ、
ピーヒャラドンドンとお陽気に奈良茂宅に「お詫び」に参上。

これでだんなの機嫌がなおり、
二、三日したらまた行く
という。

ちょうど三日目。

あばたれだんなが現れると、総出でお出迎え。

「ああ、ありがとうありがとう。ちょっと借りたいものが」
「へいッ、いかほどでもお立て替えを」
「そんなんじゃない。たばこの火をひとつ」

【うんちく】

上方落語を彦六が移植

上方落語の切ネタ(大ネタ)・「莨の火」を
昭和12年に八代目林家正蔵(彦六)が
二代目桂三木助の直伝で覚え、東京に
移植したものです。

正蔵(当時三遊亭円楽)は、このとき
「唖の釣」もいっしょに教わっていますが、
東京風に改作するに当たり、講談速記の大立者・
悟道軒圓玉(1865-1940)に相談し、主人公を
奈良茂の一族としたといいます。

東京では彦六以後、継承者はいません。

大阪版モデルは「船舶王」

本家の上方では、初代桂枝太郎(1866-1927)が
かつて得意にしました。地味ながら現在でも
ポピュラーな演目ですが、音源は故・五代目
桂文枝のものくらいです。

上方の演出では、主人公を、泉州・佐野の大物
廻船業者で、菱垣(ひがき)廻船の創始者・
飯一族の「和泉の飯のあばれ旦那」で演じます。

和泉・佐野は古く、戦国時代末期から、
畿内の廻船業の中心地でした。

飯は屋号を唐金屋といい、元和年間(1615~24)
に、江戸回り航路の菱垣廻船で巨富を築き、
寛文年間(1661~73)には、億万長者の海運王に
のし上がっていました。

鴻池は新興のライバルで、東京版で主人公が
「奈良茂の一族」という設定だったように、
上方でも飯のだんなが鴻池の親類とされていますが、
これは完全なフィクションのようです。

なお、上方の舞台は、大坂・キタ新地の茶屋・
綿富となっています。

江戸の料理茶屋

宝暦から天明年間(1751~89)にかけて、
江戸では大規模な料理茶屋(料亭)が急速に増え、
文化から文政年間(1804~30)には最盛期を迎えました。

有名な山谷の懐石料理屋・八百善は、
それ以前の享保年間(1716~36)の創業ですが
文人・墨客の贔屓を集めて文政年間に
全盛期を迎えています。

その他、落語にも登場する日本橋・浮世小路の
百川(ももかわ)、向島の葛西太郎、洲崎の
升屋などが一流の有名どころでした。

江戸のヴァンダービルト

奈良茂(ならも)は、江戸有数の材木問屋でした。

初代・奈良屋茂左衛門(?-1714)は、
天和3(1683)年、日光東照宮の改修用材木を
一手に請け負って巨富を築き、その豪勢な
生活ぶりは、同時代の紀伊国屋文左衛門と
張り合ったものです。

初代の遺産は十三万両余といわれ、深川・
霊岸島に豪邸を構えて、孫の三代目・
茂左衛門源七の代まで繁栄しました。

その後、家運が徐々に衰えましたが、幕末まで
一流店として存続しました。

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