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2009.04.25

蛸坊主(たこぼうず) 落語

坊さんが登場する噺。ちょっと珍しいですかね。

不忍池の端にある料理屋、
景色はよし味はよし、器もサービスも満点で大評判。

ある日、
坊さんの四人組が座敷にどっかと上がり込み、
われわれは高野一山の修業僧だが、
幼少の折から戒律堅固に過ごしているから、
なまぐさものは食らわない、精進料理を出してくれ
と、注文する。

出された料理に舌鼓を打っていた四人、
急に主人を呼び出し、料理や器をほめた後、
このお碗の汁はおいしいが、出汁はなにを使っているか
と、尋ねる。

「はい、世間さまではよく土佐とおっしゃいますが、
てまえどもでは親父の代から、●摩を使っておりますので」
「はあ、そりゃいったい、なんのことで?」
「鰹節の産地でございます」

鰹節とは何で作るのか
と重ねて問われて、主人は青ざめたが、もう遅い。

とんだことで、ご勘弁を願います
と平謝りし、すぐに清めの塩を持ってこさせ、
昆布の出汁で作り直させます
と言い訳しても、坊主四人はいっかな聞かない。

かえって居丈高になり、
魚類の出汁を腹の中へ入れてしまっては、
口などすすいでも清まるものではない、
われわれ四人は戒律堅固に暮らしていたのが、
この碗を食したために修業が根こそぎだめになった、
もう高野山には帰れないから、この店で一生養ってもらう
と、無理難題。

新手のゆすりとわかった時には、もう手遅れ。

坊主は寺社奉行のお掛かりで、
町奉行所に訴えてもどうにもならない
と困り果てていると、
向こうの座敷で食事をしていた、
鶴のように痩せた老僧がこれを聞きつけた。

主人を呼んで、
愚僧が口を聞いて信ぜよう
と申し出たので、主人はワラにもすがる思いで頼む。

ほかの座敷の町人連中、
なにやら坊主が四枚そろったが、けんかになりそうだから、
ドサクサに紛れて勘定を踏み倒しちまおう
と、ガヤガヤうるさい。

老僧、四人の座敷へおもむくと、
料理をうまくしたいという真心がかえって仇となったので、
刺し身を食らっても豆腐だと思えば修業の妨げにはなりますまい
と、おだやかに説くが、四人は相手にしない。

老僧、急に改まって
「最初から高野一山の者とおっしゃるが、
貴僧たちはこの愚僧の面体をご存じか」

知らないと答えると、大音声で
「あの、ここな、いつわり者めがッ」
(芝居がかりで)「そも高野と申す所は、
弘仁七年空海上人の開基したもうところにして、
高野山金剛峯寺と名づけたる真言秘密の道場。
諸国の雲水一同高野に登りて修業をなさんとする際、
この真覚院の印鑑なくして足を止めることができましょうや。
高野の名をかたって庶民を苦しめる
にせ坊主、いつわり坊主、なまぐさ坊主、蛸坊主」
「これ、蛸坊主と申したな。そのいわれを聞こう」
「そのいわれ聞きたくば」
と、四人が取りついた手を振り払い、
怪力で池の中にドボーン。
片っ端から放り込んでしまった。
四人とも足を出して、池の中にズブズブズブ。

「そおれ、蛸坊主」

【うんちく】

東京では彦六のみ

原話は不詳で、本来は純粋な上方落語です。

明治以来、大阪方が「庇を貸して母屋を乗っ取られた」
演目は数多いのですが、この噺ばかりは、東京は
ほんのおすそ分けという感じです。

大御所の桂米朝、故・露の五郎兵衛、桂文我ほか、
レパートリーとしているのは、軒並み西の噺家。

東京では、八代目林家正蔵(彦六)が、かつてこの噺を
得意にしていた大阪の二代目桂三木助(1884-1943)に
習い、舞台を江戸に移して演じたのみです。

正蔵の口演は、ビデオ化されて残っているので、
古格の芝居噺の型を、今も偲ぶことができます。

あまり面白い噺ではないうえ、後半は鳴り物入りで
芝居噺となる古風さも手伝ってか、正蔵没後は
東京では今のところ、継承者がいません。

舞台設定はいろいろ

二代目三木助は、大坂・茶臼山(大坂の役の古戦場)の
「雲水」という普茶料理屋を舞台としていました。
これが、上方の古い型だったのでしょう。

正蔵は、当あらすじにご紹介したように、上野・
不忍池のほとりとし、店の名は特定していませんが、
池之端辺には幕末には、この噺に登場するような
大きな料亭が軒を並べていました。

「不忍池にすると、上野(=寛永寺)の宗旨は天台
ですから、そこへ真言の僧が来るのはおかしいと
いうことになりますが、これはまァ見物にでも
来たとすれば、そう無理はないと思います」

という、正蔵の芸談が残ります。場所一つ設定するのも、
いい加減にはできないもののようです。

上方でも、桂米朝は、舞台を生玉神社近くの
池のほとり、老僧の名を「修学院」としています。

雲水って?

托鉢しながら旅の修行を続ける坊さんですが、
ここでは老僧の言葉にあるように、高野聖と呼ばれる
諸国修行の真言宗の僧侶です。

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コメント

雲水というのは禅宗で行脚僧・修行僧を指す言葉で、真言宗では用いません

落語にありがちな誤った宗教用語・仏教用語の使い方の一例ですね

投稿: | 2017.08.06 21:59

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