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2009.04.15

相撲の蚊帳(すもうのかや) 落語

これまた、くだらないといえば実にくだらないネタですね。

横町の米屋のだんな。

大変な相撲狂で、
町で会っても「関取」と呼ばないと、返事をしない。
商売のことも、商談で出かけることを興行と呼ぶくらい。

十日の相撲なら、小屋を建てるところから壊すところまで、
十二日間見ないと気が済まないほど。

今日も、贔屓(ひいき)の相撲が負けたので
ご機嫌斜めで妾宅に帰ってくる。

あまりぐちるので、
お妾が何とか慰めようと、
私と相撲を取って負かせば
敵討ちをしたつもりになって気分が晴れるでしょう
と、提案する。

それもいいだろうと、
帯を締め込みに、蚊帳を四本柱に見立て、
布団を土俵にハッケヨイ。

お妾は、裸にだんなのフンドシ一丁だけを腰に巻かれる
というあられもない姿にされたが、
恥ずかしがっても、自分が言いだしたことだからしかたがない。

だんなが立ち上がると、
お妾は捕まれば投げられるから、
蚊帳の中をぐるぐる逃げ回る。

それをだんなが追いかけて、まるで鬼ごっこ。

とうとう、だんなの上手がマワシに掛かり、
エイとばかりに豪快な上手投げ。

弾みは怖いもので、
ほうり投げられたお妾が、
蚊帳にくるまったまま台所へ転がった。

だんな、仁王立ちになって土俵をにらみつけると、
蚊帳がなくなったので、蚊の大群がここぞとばかり攻め寄せる。

「ブーン」
「ははあ、勝ったから、数万の蚊がうなってくれた」

【うんちく】

大正の爆笑王が改作

原話は文政7(1824)年刊「噺土産」中の「夫婦」。
明治29年11月、三代目柳家小さんの速記が残り、
このオリジナル版は「こり相撲」「妾の相撲」
「蚊帳相撲」など、いろいろな別題があります。

大正末に、異色のナンセンス落語で売り出し、
故人・古今亭志ん朝(美濃部強次)の名付け親でも
あった初代柳家三語楼(1875-1938)が、
「賽(妻)投げ」として改作しました。

三語楼版では、投げるのを妾でなく本妻とし、
夫婦喧嘩で奥方が外へ放り出されると、巡査が
通りかかって家に同道。だんなに賭博容疑で
署まで来てもらうと言います。なぜだと聞くと

「今、サイ(賽=妻)を投げたではないか」

というダジャレオチ。まあ、ここまではぎりぎりで
普通のお色気噺、寄席で演じられるギリギリの
限界は保っていたのですが、後がもういけません……。

弟子の改作、一線を越える

三語楼門下で語ん平と言っていた二代目
古今亭甚語楼(1903-71)が、戦後、師匠の
「妻投げ」をまた改作。

さらにきわどくし、お座敷などで演じました。

筋は変わらないものの、たとえば、だんなが細君を
フンドシ一丁にする場面で「帯がアソコに食い込んで
いるじゃないか」と言ったり、「わき毛が濃いねえ」
などとからかった後、取り組んで

「ここでおまえの前袋を取る」
「私、殿方のように前に袋はございません
から、私がつかみましょう」。
「これはいかん、いつもの気分になってきた」
「まわし、邪魔ですわね。はずしましょうか……」

ところが、まだこれでは終りません。
改作三度目、とうとうポルノに

作者、演者不明。

ある男、毎夜毎夜、細君を喜ばそうと苦心中。
折も折、悪友から、女の門口を大金玉でピタン
ピタンたたくと喜ぶと聞き、さっそく夏みかんの
特大を買い込む。これが大当たりで、かみさんは
連日連夜「死ぬ、死ぬ」と大狂乱。

真夜中なので、巡邏中のおまわりがこれを聞きつけ、
戸を蹴破って踏み込んでくる。

すったもんだでようやく事情をのみこんだ警官、

「あー、以後再びにせ金を使うこと、まかりならん」

四度目は…もうありません。

駆け足相撲史 その1

宝暦・ 明和年間(1751~72)には、相撲の中心は
上方から江戸に移り、初めて江戸独自の一枚刷り
番付が発行されたのは宝暦7(1757)年でした。

相撲場は、蔵前八幡境内から深川八幡、芝神明社、
神田明神、市ヶ谷八幡、芝西久保八幡などを転々とし、
天保4(1833)年に本所回向院境内が常打ち場に。

以来、両国国技館開館の明治42年まで72年間、
「回向院の相撲」が江戸の風物詩として定着。

当初は小屋がけで晴天八日間興行だったのが、
安永7(1778)年からは十日間になりました。

天明から寛政年間(1789~1801)に入ると
東西の大関に谷風・小野川が並立。また、強豪・
雷電為右衛門の出現もあって、史上空前の
寛政相撲黄金時代が到来します。

駆け足相撲史 その2

時代がくだって、この速記の明治29年ごろは、
明治中期の梅(梅ケ谷)常陸(常陸山)時代の直前。

当時、初代高砂浦五郎(1838-1900)の相撲組織
改革により、明治22年1月、江戸以来の相撲会所が
廃止され、大日本相撲協会(実際は東京のみ)が発足。

翌年2月、初めて番付に横綱(初代・西ノ海嘉治郎)
が表記されるなど、幕末以来、一時すたれていた
相撲人気が再び盛り返してきていました。

なお、四本柱が廃止されたのは、はるかのちの
戦後、昭和27年秋場所からです。

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