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2009.05.14

二十四孝(にじゅうしこう) 落語

「の・ようなもの」の志ん魚が、女の子の家でやってました。前座噺です。

長屋の乱暴者の職人、
三日にあけずにけんか騒ぎをやらかすので、
差配(大家)も頭が痛い。

今日もはでな夫婦げんかを演じたので、
呼びつけて問いただすと、
朝、一杯やっていると折よく魚屋が来て鯵を置いていったので、
それを肴にしようと思ったら、
隣の猫が全部くわえていったのが始まり。

てめえんとこじゃ、オカズは猫が稼いでくるんだろッ、泥棒めッ
と怒鳴ると、女房が
「 たかが猫のしたことじゃないか」
と、いやに猫の肩を持つので、
さてはてめえ、隣の猫とあやしいなッ
と、ポカポカポカポカ。

見かねた母親が止めに入ると
「今度は婆あ、うぬの番だ」
と、げんこつを振り上げたが、
はたと考え、改めてけとばした、
という、騒ぎ。

大家はあきれて、
てめえみたいな親不孝者は長屋に置けないから店を空けろ
と、怒る。

嫌だ
と言えば、
これでも若いころには自身番に勤めて、柔の一手も習ったから
と脅すと、さすがの乱暴者も降参。

「ぜんてえ、てめえは、親父が食う道は教えても人間の道を教えねえから、
こんなベラボウができあがっちまったんだ。
『孝行のしたい時には親はなし』ぐらいのことは知ってそうなもんだ。
昔は青ざし五貫文といって、
親孝行すると、ごほうびがいただけたもんだ」
「へえ、なにかくれるんなら、あっしもその親孝行をやっつけようかな。
どんなことをすりゃいいんです」

そこで大家、
昔、唐国に二十四孝というものがあって、
と、故事を引いて講釈を始める。

例えば、秦の王祥は、義理の母親が寒中に鯉が食べたいと言ったが、
貧乏暮らしで買う金がない。
そこで氷の張った裏の沼に出かけ、着物を脱いで氷の上に突っ伏したところ、
体の温かみで溶け、穴があいて鯉が二、三匹跳ねだした。

「間抜けじゃねえか。氷が溶けたら、
そいつの方が沼に落っこちて往生(=王祥)だ」
「てめえのような親不孝ものなら命を落としたろうが、
王祥は親孝行。その威徳を天が感じて落っこちない」

もう一つ、
孟宗という方も親孝行で、
寒中におっかさんが筍を食べたいとおっしゃる。

「唐国の婆あってものは食い意地が張ってるね。
めんどう見きれねえから踏み殺せ」
「何を言ってるんだ」

孟宗、鍬を担いで裏山へ。
冬でも雪が積もっていて、筍などない。
一人の親へ孝行ができないと泣いていると、
足元の雪が盛り上がり、地面からぬっと筍が二本。

また、呉孟という人は、
母親が蚊に食われないように、
自分の体に酒を塗って蚊を引きつけようとしたが、
その孝心にまた天が感じ、まったく蚊が寄りつかなかった、
などなど。

感心した親不孝男、
さっそくまねしようと家に帰ったが、
母親は鯉は嫌いだし、筍は歯がなくてかめない
というので、それなら一つ蚊でやっつけよう
と、酒を買う。

ところが、体に塗るのはもったいねえと
グビリグビリやってしまい、とうとう白河夜船。

朝起きると蚊の食った跡がないので、喜んで
「婆さん見ねえ。天が感ずった」
「当たり前さ。あたしが夜っぴて(一晩中)扇いでいたんだ」

【うんちく】

二十四孝・その他

マクラなどで随時採り上げられる、その他の感心な方々に、
王褒、郭巨、黄山谷などがいます。

「王褒と雷」は、雷嫌いの母親が死んで、王褒がその墓を
雷から守るという、忠犬ハチ公か忠犬ボビーのようなお話。

「郭巨の鋳塊(かま)掘り」では、母親に嫁の乳をのませるため、
子供を犠牲にして生き埋めにしようとすると、
金塊を掘り当てるという猟奇的な話。

黄山谷は、父親の下の世話をするというもので、現代の
介護問題の先取りのような話。名前からして
クサイものに縁がありそうな男ですが。

このうち郭巨の逸話は、戦前の日本ではかなりポピュラーで、
明治の「珍芸四天王」の一人、初代立川談志(1889年没)が
パントマイムのネタにし、

「この子があっては孝行ができない、テケレッツノパ、
天から金釜郭巨にあたえるテケレッツノパ」

とやって大当たりしたことで有名です。

また、孟宗のタケノコ掘りは、歌舞伎時代狂言「本朝二十四孝」
の重要なプロットになっているほか、かつて、故・三木のり平出演の
テレビコマーシャルでも、パロディ化して使われました。

差配って?

明治以後、大家が町役でなく、単なる「管理人」
となってから、この名で呼ばれるようになりました。

「差配する」とは、文字通り土地、建物を管理する意です。

サゲの工夫はさまざま その1

古い速記は、明治24年7月の三代目春風亭柳枝、ついで
同27年7月、二代目柳家(禽語楼)小さんのものが残ります。

現在でも、多くの落語家が手掛けていますが、
「道灌」と同様、前座噺の扱いで、どこでも切れるため
演者によってサゲが異なります。

たとえば、呉孟をまねるくだりでも
「オレなら、二階の壁に酒を吹っかけて、
蚊が集まったところで梯子をはずす」というもの、
母親が「甘酒がのみたい」と言うのを
「二十四孝に酒はねえ」
とサゲるものなど、さまざまです。

サゲの工夫はさまざま その2

また、孟宗のくだりで切って、
母親がタケノコのお代わりを求めるので、
「もう、そうはねえ」
と地口で落とす場合もあります。

現行は、今回あらすじに記載した形が、もっとも一般的です。

八代目林家正蔵は、大家が「孟宗の親孝行を」
と言いかけたのを「おっと、天が感じたね」
と先取りしてサゲにし、時代を明治初期としていました。

取り入れる逸話の取捨選択や順番は、演者によって
まちまちですが、いずれにせよ「oya-kohkoh」なる単語は、
もはや落語の世界にしか存在していません。

中国の説話から構成

原話は、安永9(1780)年刊の笑話本「初登」中の「親不孝」。

これは、中国・元代(1271~1368)の教訓的説話から、
王祥と孟宗の逸話を採ったものを主にし、それらに
呉孟のくだりほか、いくつかの話を加えて作られました。

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