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2009.05.02

長者番付(ちょうじゃばんづけ) 落語

これも古い上方噺。「東の旅」シリーズの一話です。

江戸っ子の二人組。

旅の途中、街道筋の茶店でひどい酒をのまされたので、
頭はくらくら、胸はムカムカ。

迎え酒に一杯いい酒をひっかけたいと思っていると、
山道の向こうに白壁で土蔵造りの家が見えてきた。

兄貴分が、あれは造り酒屋に違いないから、
あそこでうんとのましてやると励まし、
おやじに一升ばかり売ってほしい
と交渉すると
「一升や二升のはした酒は売らねえ」
と、断られる。

どのくらいならいいのかと聞くと、
「そうさな。馬に一駄、船で一艘ぐれえかな」

一駄は四斗樽が二丁、船一艘なら五、六十丁というから、
兄貴分の怒ったの怒らないの。

「人をばかにするのもいい加減にしろッ。
こちとらァ江戸っ子だ。馬に一駄も酒ェ買い込ん道中ができるかッ。
うんつくめのどんつくめッ」

その勢いに恐れをなしたか、おやじは謝り、
酒は売るから腰掛けて待っていてくれ
と言っておいて、こっそり大戸を下ろしてしまった。

気づいたときは遅く、薪ざっぽうを持った男たちが乱入。

さては袋だたきかと身がまえると、
おやじ「さっきおまえさまの言った
『うんつくのどんつく』
というなあ、どういうことか、聞かしてもれえてえ」
と大変な鼻息。

兄貴分、これはまずいと思いながら、
後ろに張ってある長者番付に目を止め、
江戸ではそれを「運つく番付」という、
と口から出まかせ。

江戸の三井と大坂の鴻池は東西の長者の大関だが、
と前置きしてウンツクのウンチクを、ひとくさり。

「鴻池の先祖は伊丹で造り酒屋をしていたが、
そのころはまだ清酒というものがなかった。
あるとき、雇った酒造りの親方があまり金をせびるので、
断ると、腹いせに火鉢を酒樽に放り込んで逃げた。
ところが、運は不思議で、灰でよどみが下に沈み、澄んだ酒ができた」

これを売って大もうけ、
運に運がついて大身代ができたから、大運つくのど運つく。

また、三井の先祖は越後新発田の浪人で、
六部で諸国を廻っていたとき、荒れ寺に泊まると、
夜中に井戸から火の玉が三つ。

調べると、井戸底に千両箱が三つ沈んでいた。

これをもとに松坂で木綿を薄利多売し、
これも大もうけして、やがて江戸駿河町に呉服屋を開き、
運に運に運がついて今では大長者。

おまえのところも今に長者になるから、
運つくのど運つくとほめたのがわからねえか
と、居直る。

暖簾(のれん)から顔を出したかみさんは、
女ウンツク、青っぱなを垂らした孫は孫運つくで、
今に大運つくになると与太を並べる
と、おやじは大喜び。

酒を振舞った上、今度造り酒屋で酒を買いたいときは、
利き酒をしたいと言えばいい
と、教える。

江戸では大ばか野郎をウンツクというが、
まんまとだまされやがった
とペロリと下を出した二人、
ご機嫌で街道筋に出ると、後ろから親父が追いかけてくる。

「おめえさまがたをほめるのを忘れていただ。
江戸へ帰ったら、りっぱな大ウンツクのどウンツクになってくだせえ」
「なにを抜かしゃあがる。オレたちはウンツクなんぞ大嫌えだ」
「えっ、嫌えか? 生まれついての貧乏人はしようがねえ」

【うんちく】

上方種・長編の一部

古くから親しまれた上方落語の連作長編シリーズ
「東の旅」の一話で、清八・喜六の極楽コンビが
伊勢参宮の途中、狐に化かされる「七度狐」に
続く部分です。「うんつく」「うんつく酒」の
題で演じられてきました。

大阪方では、悪態の意気で六代目笑福亭松鶴が
優れていました。

東京移植者・時期は不明ですが、戦後は三代目
桂三木助、八代目春風亭柳枝が得意にし、五代目
小さんもたまに演じました。

原話は、安永5(1776)年刊の笑話本「鳥の町」中の
「金物見世」。皮肉にもこれは江戸板なので、
東→西→東とキャッチボールされたことになります。

この小咄では「うんつく」でなく「とうへんぼく」
がキーワードであることでも、ルーツが江戸で
あることがうかがわれます。

演出の異同

噺中の三井と鴻池のエピソードは、時間の関係で
どちらかを切ることもあります。

なお、東京風の演出では、上方の「煮売屋」を改作した
「二人旅」のサゲ近くのくだりを圧縮して「長者番付」の
前に付け、続けて演じることもあります。

なお、「二人旅」については、その項をご参照ください。

「東の旅」の順番では、伊勢路に入り、「野辺歌」
「法会」「もぎとり」「軽業」「煮売屋」「七度狐」
に続いてこの「うんつく」(長者番付)になり、
この後連れがもう一人増えて「三人旅」で、伊勢
参宮のくだりは一応完結します。

うんつくって?

この噺の、上方落語の演題でもあります。

うんつくは運尽と書き、「運尽くれば知恵の鏡も
曇る」ということわざから、上方言葉で阿呆、
野暮の意味が付きました。

したがって、「ど運尽く」は大馬鹿。「ど」は
上方の罵言なので、本来は江戸落語にない語彙で
上方落語のものが、そのまま残ったのでしょう。

ところが、後にはこれをもじって、本当に「運付く」
で幸運の意味が加わったから、ややこしくなりました。
同音異義語の悪戯です。

造り酒屋って?

造り酒屋は本酒屋ともいい、醸造元で、卸専門の
店ではこの噺のように小売はしない建前でしたが、
地方には、小売酒屋を兼ねている店も多く見られました。

実録・清酒事始め

噺の中で、鴻池が作ったというのはヨタです。

実は享保年間(1716~36)、灘の山邑(やまむら)
太左衛門が苦心の末発明し、「政宗」として
売り出したのが最初。

全国に普及したのは、その一世紀も後の
文化年間(1804~18)なので、江戸も終わり近く
なるまで、一部の地方では、濁り酒しか
知らなかったことになります。

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