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2009.05.21

猫怪談(ねこかいだん) 落語

やり方次第でどうとでもおもしろくなる、魅力的な噺です。

浅草蛤町の長屋に住む、頭が年中クリスマスの与太郎。

幼いころに両親が死んで、
身よりもなく路頭に迷うところを引き取って育ててくれた
恩人の親分が急にあの世へ行ってしまっても、
ぽおっとしているばかり。

見かねた大家がしかりつけ、
葬式を出さなくては、
と、長屋の衆から香典を集めてもらうなどして
二分の金をこしらえ、早桶を買う。

ホトケを一晩でも余計に置けばそれだけ銭がいるから、
今夜のうちに寺に送ってしまおうという世話人の意見で、
月番の羅宇屋(らおや)の甚兵衛を片棒に頼み、後棒を与太郎、
大家が提灯を持って先に歩くという三人連れで、
早桶を担いで長屋を出た。

目的地は、谷中の寺。

提灯の明かりだけが頼りという暗く淋しい道を、
真夜中、上野の森下の弁天町辺りにさしかかる。

時候は霜が下りようという、初冬の寒いさ中。

前棒を担ぐ甚兵衛が大の臆病者。

加えて与太郎が能天気に、
もうそろそろ出る時分だの、出る方にきっと請け合うだのと
余計なことを言うからすくみ上がり、
死人が早桶からにゅっと手を出して背中をたたきゃしないかと、
足もおちおち前に進まない。

肩を替えて後棒に回りたい、というので交替することになったが、
与太郎が力まかせに、
頭越しに桶を投げて入れ替わろうとした拍子に縄が切れ、
ホトケがにゅっと飛び出した。

直そうとして与太が桶の縁をたたいたのが悪く、
タガが外れて早桶はバラバラ。

前代未聞だが、早桶の替えを買わなくてはならなくなり、
死人を外に寝かせたまま、与太を番に残し、
大家と甚兵衛は出かける。

さすがの与太郎も少し薄気味悪くなってきたころ、
魔がさしたか、寝かせておいた親分の死骸がぴくりぴくり。

見ている与太郎の前にちょんと座り、
こわい顔でゲタゲタ笑う。

仰天して思わず横っ面を張り倒すと、
また起き上がり、今度は宙に上がったり下りたり、
両手を振ってひょっこりひょっこり踊り。

与太郎が恐怖のあまり、「ヨイコラヨイコラセッ」とはやすと、
急に上空に舞い上がり、風に乗って上野の森の中へ入ってしまった。

……で、それっきり。

帰ってみて驚いたのは、大家と甚兵衛。

なんせ、せっかく早桶の新しいのを担いできたのに、
今度はホトケがない。

与太郎がわけを話すと甚兵衛、恐ろしさで腰が抜けた。

このホトケ、
三日目に浅草安部川町の伊勢屋という質屋の屋根に
突然、降ってきた。

身元もわからず、しかたがないので
店で改めて早桶をしつらえ、始末をしたという。

一人のホトケで三つの早桶を買ったという、
不思議でアホらしい「谷中奇聞猫怪談」。

【うんちく】

ひょっこりひょっこり踊り

円生はただ「ぴょこぴょこ」と言っていました。

歌舞伎で、仰向けに寝ていて、手をつかず
弾んで飛び起きるというアクロバット的なトンボを
「ひょっくり」と呼ぶので、
死骸が空中を飛び跳ねるのを、それに例えたのでしょう。

魔物の正体は?

噺の中では「魔がさした」と説明されます。

死骸が突如動き出したり、口をきいたりすることで、
年月を経て魔力を持った猫のしわざと考えられていました。

つまり、死霊やゾンビでなく、この場合は、死骸は
あやつり人形にすぎません。

「捻兵衛(「樟脳玉」参照)では、首吊り死体が
八公を脅かして無理に歌わせなどしますが、
これも実は猫の魔力によるもの。「猫定」でも
化け猫が人に憑り付きます。

明治の玉輔の速記には、猫の記述はありませんが、
当時の客は、こういうくだりを見ればすぐ分かったので
特に言及の必要はなかったのでしょう。

円生ヴァージョンでは、題名もはっきり「猫怪談」とし、
猫の魔力も、十分にマクラで説明しています。

効果的な後日談

事実上のオチは、

(甚兵衛)「ぬ、抜けました」
(大家)「しょうがねえな、また桶の底が抜けたか」
(甚兵衛)「いえ、あたしの腰が」

という最後の会話ですが、それで終わっては
噺の結末として不十分なので、あらすじに
ご紹介の通り、玉輔も円生も最後に後日談を、
地で説明して終っています。

なお、円生は死骸が落ちてきた先を、
「七軒町の上総屋」としていました。

与太郎の「深い孤独」

円生は、四代目玉輔にこの噺を教わった
三遊亭円駒(三代目小円朝門下、1899-1976)に
移してもらったと語っています。

同人は、曲芸の海老一染之助・染太郎兄弟の父親で
昭和5年ごろから円駒を名乗り、同10年に長唄囃子に
転向しているので、円生が教わったのは昭和初期、
橘家円蔵時代でしょう。

円生は、与太郎に養父を親分でなく、お父っつあんと
呼ばせ、幼年期の哀れなその境涯を大家が
しみじみと語る場面を加えることで、単なる馬鹿でなく、
孤独な、血肉を持った人間として描きました。また、

「与太郎が親父の亡骸の前で『お父つアん、なぜ死んだんだ』
という。ばかとは言っても、肉親を失って悲しい。その思いを
与太郎の言葉で言うところがこの噺の特徴」(芸談)

と、自ら語るように、玉輔のものにはなかった
人情噺の要素を加え、この噺に厚みを与えています。

三人が早桶を担いで暗い道を行く場面、怪異が現れる
シーンでも、円生は訥々とした本格の怪談噺の
語り口を通しています。

珍しい「爆笑怪談」

原話は不詳で、元は長い人情噺か世話講談の
一部だったのが、独立したものと見られます。

「不忍の早桶」と題した明治42年の、四代目
五明楼玉輔(1855-1935)の速記が残ります。

戦後では六代目円生、八代目正蔵の両巨匠が
手掛けましたが、速記・音源が残るのは前者のみです。

円生は、その集大成である「円生百席」にも
この噺を入れており、気にいったものだったのでしょう。

「捻兵衛」「七度狐」などと同じく、
あまり類のない怪談コメディーです。

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