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2009.05.28

のめる 落語

軽い噺ですが、小気味よくておもしろい。時折聴きますね。

酒好きで、なにかにつけて「のめる」というのが口癖の男。

友達に、「つまらねえ」が口癖の男がいる。

無尽に当たっても「つまらねえ」と言うので、
「当たってこぼすことはねえ」ととがめると
「当たらねえやつはつまらねえ」という。

お互いに悪い癖だから、
一言でも口癖を言ったら、一回百円の罰金を取ろうと取り決めたが、
なんとか「つまらねえ」を言わせて金をせしめようと、隠居に相談に来る。

その間にも「百円ありゃア、一杯のめる」と、もうやっている始末。
隠居、それなら印半纏に着替えて向こうの家に行き、
手にちょっと糠をつけて
「練馬に叔母さんがいて、大根をいま百本もらった。
沢庵に漬けようと思うんだが、あいにく四斗樽がないから、
物置を捜すと醤油樽が出てきた。
その中へ百本の大根を漬けようと思うが、つまるかねえ」
と、持ちかけてみなと、策を授ける。

そうすると向こうが
「百本の大根といやあ、かなり嵩がある。
それはどうしてもつまらない」
と、ここで引っかかるだろうと言うので、
これはいいと、さっそく出かけていく。

その場になるとセリフを忘れてしまい、
しどろもどろでようやく「醤油樽へつまろうか」までこぎつけた。

相手は「そりゃあとてもつま」まで言いかけて
ニヤリと笑い「へえりきらねえ」

「つまろうか?」
「残るよ」
「つまろうか?」
「たががはじける」
「足で押し込んで」
「底が抜けるよ」

どうしてもダメ。

これから外出するというので、
どこへと聞くと、伊勢屋の婚礼だ、という。

「婚礼? うまくやってやがる。のめるな」

逆にワナに落ち、百円せしめられる。

婚礼は真っ赤なうそ。

再び隠居に泣きつくと、
今度は相手の遊びに来る時間を見計らい、
将棋盤を前に、詰め将棋を考えている振りをしろ、と言う。

持ち駒は歩が三枚に金、銀。
どうせ詰まないから、口を出してきた時を見計らって
「つまろうか?」と聞くと、相手も夢中になっているだろうから、
きっと引っかかるという作戦。

将棋などやったこともないから、
盤と駒を借りてしきりにウンウンうなっていると、
「つまらない」がやってきた。

間のいいことに、これが無類の将棋好き。

「待ちな待ちな。あたまへ金を打って、
下がって……駒は? それっきり? 誰に教わった? 
床屋の親方? からかわれたんだ。これじゃ、どうしてもつまらねえ」

これを言わせるために艱難辛苦したのだから、
興奮して胸ぐらをつかむ。

「いてて、ばか、よせ。うーん、こりゃ一杯食った。
てめえの知恵にしちゃできすぎだ。よし、決めを倍にして二百円やろう」
「ありがてえ、一杯のめる」
「おっと、それでさっ引きだ」

【うんちく】

なくて七癖、噺もいろいろ 1

原話は古く、松の廊下の刃傷事件が起き、
キャプテン・キッドが縛り首になった元禄14(1701)年、
京都で刊行された「百登瓢箪」巻二「癖はなおらぬ」です。

これは、鼻を横なでする癖のある者と
頭をたたく癖のある者が申し合わせて癖を
やめることにしますが、つい話に熱中するうちに
二人ともまたやらかすという、他愛ない話です。

登場人物が二人という以外は、現行とは
内容が違うので、遠い原型というくらいでしょう。

くせの噺は、昔から小咄、マクラ噺としては多数あり、
くせの種類も、口ぐせから動作までさまざまです。

特に、動作では、故・先代雷門助六が「しらみ茶屋」で見せた
畳のケバむしり、鼻くそとばしの応酬が抱腹絶倒でした。

ヴィジュアルな名人芸の見せ所なのでしょう。

なくて七癖、噺もいろいろ 2

登場する人数も、一人(一人癖)、二人(二人癖)、
三人(三人癖)と増えるにつれ、
演じ分けも難しくなっていきます。

あまり出ませんが、「四人癖」では、鼻こすり、
眼こすり、そで引っ張り、「こいつはいい」(手をたたく)
の四人が登場、四人が失敗して、勝った「こいつはいい」が
最後に罰金で一杯やれるというので
「なるほどこいつはいい」で、オチになります。

「のめる」は、くせ噺としてはもっとも洗練されたもので、
上方の演題はそのものずばり「二人癖」です。

いずれにせよ、ルーツは民話、昔話にあるのでしょう。

名人連の二つ目噺

東京では、大阪通りの「二人癖」で演じた、明治29年3月の
三代目柳家小さんの速記があり、同時代の三遊派の旗頭・
四代目橘家円喬も得意でした。

円喬のは、SPレコードからの復刻音源が残されています。
サゲは、円喬だけは変わっていて、

「一本歯の下駄を頼みに行くんだ」
「一本歯の下駄なら、(前に)のめるだろう」
「今ので差っ引きだ」

というものです。現在は、これを使う演者はないでしょう。

六代目三遊亭円生が「軽い噺で、二つ目程度が演る噺」
と述べていますが、なかなかどうして、昭和初期から戦後では
その円生のほか、八代目春風亭柳枝、 三代目三遊亭金馬ら
多くの大看板が手掛けていて、現在もよく高座に掛けられます。

三代目金馬は「のめる」でなく「うめえ」を口癖にして
いたので、当然演題は「二人癖」でした。

タクアン事始

京都・大徳寺の住職時代の沢庵宗彭(たくあんそうほう)が
寛永16(1639)年に発明したとされますが、疑問があります。

「じゃくあん」「たくわえづけ」からの転訛で、単に沢庵の
名と結び付けられただけというのが、真説のようです。

その他、沢庵の創建した品川・東海寺では、三代将軍家光の
命名伝説もありますが、珍説は、沢庵の墓石がタクアン石に
似ていたからというもの。

東海寺では、タクアンの名をはばかり、「百本」というよし
ですが、他の宗派、寺でも、名僧への非礼を避け「香の物」
などと呼ぶことが多いようです。

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