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2009.05.19

庭蟹(にわかに)   落語

いわゆる「逃げ噺」。高座での時間の調整用に使われるものです。

洒落のわからない、無粋なだんな。

得意先のだんなから、
お宅の番頭さんは粋で洒落がうまい
とほめられ、番頭に
「おまえさんは洒落がうまいと聞いたが、
あたしはまだ洒落というものを見たことがない。
ぜひ見せておくれ」
と、頼む。

番頭が、
「洒落は見せるものではないから、何か題を出してください」
と言うので、
「庭に蟹が這(は)いだしたが、あれはどうだ」
「そうニワカニ(俄に)は洒落られません」

それなら、雨が振りだして、女が傘を半開きにしていくところではどうか
と聞くと、
「さようで。そう、さしかかっては(=差し当たっては)洒落られません」

だんな、
「主人のあたしがこれほど頼んでいるのに、洒落られないとは何だ」
と、カンカン。

そこへ小僧が来て、ちゃんと洒落になっていることを説明。

だんなは、なんだかまだわからないが、
謝まって、ほめるからもう一度洒落てくれと頼むと、番頭、
「だんなのようにそう早急におっしゃられても、洒落られません」
「うーん、これはうまい」

【うんちく

ダジャレを集めた逃げ噺

昭和・戦後では、六代目三升家小勝(1971年没)が
時折演じました。

その他、三代目三遊亭金馬が著書「浮世談語」中で
梗概を紹介しているので、
金馬のレパートリーにもあったと思われます。

ダジャレを寄せ集めただけの軽い噺で、
小咄、マクラ噺、逃げ噺として扱われることが多く、
洒脱で捨てがたい味わいを持ちながら、
速記もなく、演者の記録も
残りにくい性質のものです。

「洒落番頭」の別題もあるようですが、
ほとんど使用例を聞きません。

志ん生の音源発売!

2007年5月、アスペクトから刊行された単行本
「志ん生、語る。」(岡本和明編著)は、
家族、門弟、落語界の朋友・後輩たちが
五代目志ん生の知られざる、取って置きの逸話を語る
貴重なものですが、その特別付録CDで
「小咄二題」として『小僧とぼた餅』とともに
『庭蟹』が収録されています。

志ん生の「庭蟹」はこれまで、「化物つかい」の
マクラとして音源化されたものはありましたが、
まさに「幻の音源」にふさわしい、貴重なものです。

噺の進め方は極めてオーソドックスで、
「庭蟹」「さしかかっては…」のダジャレのほか、
「ついたて(=ついたち)二日三日」のシャレも入れ、
きちんとサゲまで演じています。

原話もダジャレの寄せ集め

安永9(1780)年刊の笑話本「初登」中の
「秀句」が原話です。

「これは「庭蟹=にわかに」のくだりを始め、
ほぼ」現行通りの内容ですが、
オチは、下男の十助が茶を持って出て、
「だんな、あがりませ」と言うのを
だんながダジャレと勘違いし、
「これはよい秀句」と言う、他愛ないものです。

狂言「秀句傘」に原型があるともいわれます。

「秀句」は本来、美辞麗句のことで、
のち、今のテレビの大切りで言う「座布団もの」の
秀逸な洒落を意味するようになりましたが、
ここでは単なる地口、ダジャレに堕しています。

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