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2009.05.22

猫久(ねこきゅう) 落語

罪のない長屋噺。珍しく、幕末に生まれた、生粋の江戸落語です。

長屋に住む行商の八百屋・久六は、
性格がおとなしく、怒ったことがないところから「猫久」、
それも省略して、猫、猫と呼ばれている。

その男がある日、
人が変わったように真っ青になって家に飛び込むなり、
女房に
「今日という今日はかんべんできねえ。相手を殺しちまうんだから、脇差を出せッ」
と、どなった。

真向かいで熊五郎がどうなるかと見ていると、
かみさん、あわてて止めると思いの外、
押入れから刀を出すと、神棚の前で、三ベン押しいただき、亭主に渡した。

「おい、かかァ、驚いたねえ。それにしても、あのかみさんも変わってるな」
「変わってるのは、今始まったことじゃないよ。亭主より早く起きるんだから。
井戸端で会ってごらん『おはようございます』なんて言やがるんだよ」

「てめえの方がよっぽど変わってらァ」
とつぶやいて、熊が床屋に行こうとするとかみさんが
「今日の昼のお菜はイワシのぬたなんだから、
ぐずぐずしとくと腐っちまうから、早く帰っとくれ。イワシイワシッ」
と、がなりたてる。

「かかァの悪いのをもらうと六十年の不作だ」
と、ため息をついて床屋に行くと、今日はガラガラ。

親方に猫の話を一気にまくしたてると、
側で聞いていたのが五十二、三の侍。

「ああ、これ町人、今聞くと猫又の妖怪が現れたというが、
拙者が退治してとらす」
と、なにか勘違いをしているようす。

熊が、実は猫というのはこれこれの男手、
と事情を話すと
「しかと、さようか。笑ったきさまがおかしいぞ」

急にこわい顔になって
「もそっと、これへ出い」
ときたから、熊五郎はビクビク。

「よおっく承れ。日ごろ猫とあだ名されるほど人柄のよい男が、
血相を変えてわが家に立ち寄り、剣を出せとはよくよく逃れざる場合。
また日ごろ妻なる者は夫の心中をよくはかり、
これを神前に三ベンいただいてつかわしたるは、
先方にけがのなきよう、夫にけがのなきよう神に祈り夫を思う心底。
見共にも二十五になるせがれがあるが、
ゆくゆくはさような女をめとらしてやりたい。
後世おそるべし。貞女なり孝女なり烈女なり賢女なり、あっぱれあっぱれ」

熊、なんだかわからないが、
つまり、いただく方が本物なんだと感心して、家に帰る。
とたんに
「どこで油売ってたんだ。イワシイワシッ」
とくるから、こいつに一ついただかしてやろうと、侍の口調をまねる。

「男子……よくよくのがれ……のがれざるやとけんかをすれば」
「ざる屋さんとけんかしたのかい」
「夫はラッキョ食って立ち帰り、
日ごろ妻なる者は、夫の真鍮磨きの粉をはかり、
けがのあらざらざらざら、身共にも二十五になるせがれが」
「おまえさん、二十七じゃないか」
「あればって話だ。オレが何か持ってこいって言ったら、
てめえなんざ、いただいて持ってこれめえ」
「そんなこと、わけないよ」

言い合っているうち、イワシを本物の猫がくわえていった。

「ちくしょう、おっかあ、
そのその摺粉木(すりこぎ)でいいから、早く持って来いッ。
張り倒してやるから」
「待っといでよう。今あたしゃ(摺粉木を)いただいてるところだ」

【うんちく】

猫又って?

猫が百年以上生きて、妖怪と化したものです。

バットマンの「キャットウーマン」も
この類なのでしょう。

日本の「原生種」は、尻尾が二つに分かれ、口は
耳まで裂けて火を吹き、人を食い殺します。

脇差なら「免許不要」

脇差は二尺以下の小刀で、これなら、護身用に
町人が差してもさしつかえありませんでした。

また、実際はれっきとした大刀なのに、
「長脇差」という名称で渡世人が差していたことは
ヤクザ映画などでおなじみです。

六代目円生・回想

「この猫久という噺はあたくしは初めて
三代目小さんのを聞いたんです。あんまり
聞いておかしいんで、大きな声で楽屋で笑ったんで
怒られました。(中略)その(後)『猫久』という噺は
まあ、失礼ですがどなたのを聞いてもなンか
ちっともおかしくないんです」

 (六代目三遊亭円生著「江戸散歩」朝日新聞社刊)

小さん三代の工夫1

原話は不詳で、幕末の嘉永年間(1848~54)
ごろから口演されてきた、古い江戸落語です。

明治中期に二代目(禽語楼)小さんが完成させ、
以後、代々の小さん系の噺として、
三代目、四代目小さん、三代目の高弟だった
七代目三笑亭可楽を経て、先年物故した
五代目小さんの十八番として受け継がれていました。

二代目は、明治初期(つまり同時代)に時代を
設定し、晩年の明治27年12月の速記では、
町人も苗字を許されたというので、
猫久も清水久六としました。

また、熊に意見をするのは、せがれの道楽で
窮迫した氏族の老人となっています。

小さん三代の工夫2

三代目小さんは、舞台を江戸時代に戻し、
そのため、以後は熊五郎の侍への恐怖心という
一種の緊張感が噺に加わっています。

サゲは、ずっと地で「いただいていました」
と説明していたのを、五代目小さんが
今回のあらすじのように、すりこぎを
押し戴く仕種オチでサゲるよう、工夫しました。

小さん三代の工夫3

「馬に止動の間違いあり、狐にケンコンの誤りあり」

とマクラに振り、世の中には間違いが定着して
しまっていることがよくあると説明、そこから、
猫よりも犬の方が人に忠実なのに、猫にたとえられると
喜び、犬と呼ばれると怒るという不合理を風刺してから
噺に入るのが、二代目小さん以来の伝統です。

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