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2009.06.26

夢の酒(ゆめのさけ) 落語

文楽が昭和十年ごろに磨き上げた、珠玉の噺。オチが有名ですね。

大黒屋の若だんなが夢を見てニタニタ。

かみさんが気になって起こし、どんな夢かしつこく聞くと
「おまえ、怒るといけないから」

怒らないならと約束して、
やっと聞き出した話が次の通り。

(夢の中で)若だんなが向島に用足しで出かけると、夕立に遭った。

さる家の軒下を借りて雨宿りをしていると、
女中が見つけ
「あら、ご新造さん、
あなたが終始お噂の、大黒屋の若だんながいらっしゃいましたよッ」
「そうかい」
と、泳ぐように出てきたのが、歳のころ二十五、六、色白のいい女。

「まあ、よくいらっしゃいました。
そこでは飛沫がかかります。どうぞこちらへ」

遠慮も果てず、中へ押し上げられ、
世話話をしているとお膳が出て酒が出る。

盃をさされたので
「家の親父は三度の飯より酒好きですが、あたしは一滴も頂けません」
と断っても、女は勧め上手。

「まんざら毒も入ってないんですから」
と言われると、ついその気でお銚子三本。

そのうちご新造が三味線で小唄に都々逸。

「これほど思うにもし添われずば、わたしゃ出雲へ暴れ込む~」

顔をじっと覗きこむ、そのあだっぽさに、頭がくらくら。

「まあ、どうしましょう。お竹や」
と、離れに床をとって介抱してくれる。
落ち着いたので礼を言うと
「今度はあたしの方が頭が痛くなりました。
いいえ、かまわないんですよ。あなたの裾の方へ入らしていただければ」
と、燃えるような長襦袢の女がスーッと……というところで、
かみさん、嫉妬に狂い、金きり声で泣き出した。

聞きつけたおやじが
「昼日中から何てざまだ。奉公人の手前面目ない」
と若夫婦をしかると、かみさんが泣きながら訴える。

「ふん、ふん、……こりゃ、お花の怒るのももっともだ。
せがれッ。なんてえ、そうおまえはふしだらな男」
と、カンカン。

「お父つぁん、冗談言っちゃいけません。これは夢の話です」
「え、なに、夢? なんてこったい。
夢ならそうおまえ、泣いて騒ぐこともないだろう」

おやじがあきれると、
かみさん、日ごろからそうしたいと思っているから夢に出るんです
と、引き下がらない。
挙げ句、親父に、その向島の家に行って
「なぜ、せがれにふしだらなまねをした」
と、女に文句を言ってきてくれ、と頼む。

淡島さまの上の句を詠みあげて寝れば、
人の夢の中に入れるというからと譲らず、
その場で親父は寝かされてしまった。

(夢で)「ご新造さーん、大黒屋のだんながお見えですよ」

女が出てきて
「あらまあ、どうぞお上がりを」
「せがれが先刻はお世話に」
というわけで、上がり込む。

「ばかだね。お茶を持ってくるやつがありますか。
さっき若だんなが『親父は三度の飯より酒が好きだ』
と、おっしゃったじゃないか。早く燗をつけて……
え? 火を落として……早くおこして持っといで。
じきにお燗がつきますから、どうぞご辛抱なすって。
その間、冷酒で召し上がったら」
「いや、冷酒はあたし、いただきません。冷酒でしくじりましてな。
へへ、お燗はまだでしょうか」
と言っているところで、起こされた。

「うーん、惜しいことをしたな」
「お小言をおっしゃろうというところを、
お起こし申しましたか?」
「いや、ヒヤでもよかった」

【うんちく】

改作の改作の改作

古くからあった人情噺「雪の瀬川」(松葉屋瀬川)が、
元の「橋場の雪」(別題「夢の瀬川」)として落し噺化され、
それを初代(「鼻の」)三遊亭円遊が現行のサゲに直し、
「隅田(すだ)の夕立」「夢の後家」の二通りに改作。
後者は、明治24年12月、「百花園」掲載の速記があります。

このうち「隅田の夕立」の方は円遊が、夢の舞台を
向島の雪から大川の雨に代え、より笑いを多く
したものと見られます。

元の「橋場の雪」は三代目柳家小さんの、明治29年の
速記がありますが、円遊の時点で「改作の改作の改作」。
いや、ややっこしいかぎりです。

決定版「文楽十八番」

で、もう一つの「改作の改作の改作」の「夢の後家」の方を、
八代目桂文楽が昭和10年前後に手を加え、
「夢の酒」として磨き上げました。

つまり、文楽で「改作の改作の改作の改作」。

文楽はそれまで、「夢の瀬川(橋場の雪)」を演っていましたが、
自らのオリジナルで得意の女の色気を十分に出し、
情緒あふれる名品に仕立て、終生の十八番としました。

なお、円遊は導入部に「権助提灯」を短くしたものを
入れましたが、文楽はそれをカットしています。

サゲの部分の原話は中国・明代の笑話集「笑府」中の
「好飲」で、本邦では安永3(1774)年刊「落噺笑種蒔」
中の「上酒」、同5年刊の「夕涼新話集」中の「夢の有合」に
翻案されました。どちらも、オチは現行通りのものです。

また、夢を女房が嫉妬するくだりは、安永2年刊
「仕形噺口拍子」中の「ゆめ」に原型があります。

「夢の後家」と「橋場の雪」(夢の瀬川)

「夢の後家」の方は、「夢の酒」と大筋は変りませんが、
夢で女に会うのが大磯の海水浴場、それから汽車で横須賀から
横浜を見物し、東京に戻って女の家で一杯、と、いかにも
円遊らしい明治新風俗を織り込んだ設定です。

次に、少し長くなりますが、「橋場の雪」のあらすじを。

若だんなが雪見酒をやっているうちに眠りこけ、
夢の中で幇間の一八(次郎八)が、瀬川花魁が向島の
料亭で呼んでいるというので、橋場の渡しまで行くと
雪に降られ、傘をさしかけてくれたのがあだな年増。

結局瀬川に逢えず、小僧の定吉(捨松)に船を漕がせて
引き返し、その女のところでしっぽりというところで
起こされ、女房とおやじに詰問される。

夢と釈明して許されるが、定吉に肩をたたかせているうち
二人ともまた寝てしまう。女中が「若だんなはまた女の
ところへ」とご注進すると、かみさん「ここで寝ている
じゃないか」「でも、定どんが船を漕いでます」とサゲ。

三代目小さんは、主人公をだんなで演じました。
上方では「夢の悋気」と題し、あらすじ、オチは同じです。

本家本元「雪の瀬川」

原話、作者は不明です。

「明烏」の主人公よろしく、引きこもりで本ばかり読んでいる
若だんなの善次郎。番頭が心配して、気を利かせて無理に吉原へ
連れ出し、金に糸目をつけず、今全盛の瀬川花魁を取り持ちます。

ところが薬が効きすぎ、若だんなはたちまちぐずぐずになって
あっという間に八百両の金を蕩尽。結局勘当の身に。

世をはかなんで永代橋から身投げしようとするのを、
元奉公人で屑屋の忠蔵夫婦に助けられ、そのまま忠蔵の
長屋に居候となります。

落剥しても、瀬川のことが片時も忘れられない善次郎、
恋文と金の無心に吉原まで使いをやると、ちょうど花魁も
善次郎に恋煩いで寝たきり。そこへ手紙が来たので
瀬川は狂喜して、病もあっという間に消し飛びます。

ある夜、瀬川はとうとう廓を抜け、しんしんと雪の降る夜、
恋しい若だんなのもとへ……。結局、それほど好き
あっているのならと、親元に噺をして身請けし、
めでたく善次郎の勘当も解けて晴れて夫婦に、
というハッピーエンドです。

夢の場面はなく、こちらは、三遊本流の本格の人情噺。
別題「松葉屋瀬川」で、六代目三遊亭円生が、
ノーカットでしっとり演じました。

淡島さまって?

淡島明神社は、江戸では現・台東区浅草二丁目の
浅草寺境内(1945年、3月10日の大空襲で焼失)と、
現・世田谷区代沢三丁目、森厳寺境内にある
「北沢の淡島さま」の二社ありましたが、
夢に関連づけられるのは後者です。

淡島の本社は紀州・加太神社で、北沢の淡島は
婦人病と腰痛にご利益があるとされます。

寺伝によれば、開山(慶長12=1607年)の清誉上人が
腰痛に悩み、淡島明神に願を掛けたところ、霊夢に
よって完治。その威徳を感じ、この地に勧請したとやら。

噺中の「淡島さまの上の句」うんぬんは不詳ですが、
淡島の霊験を説く門付けの行者が御神籤による
占いをしたことに関係するかもしれません。

また、淡島は縁結びの神でもあるので、
男女の夢を結ぶという意味合いも想像できます。

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