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2009.06.05

姫かたり(ひめかたり) 落語

多くの落語は、筋が途中で切れてしまってオチに。その典型です。

年の暮れ。

浅草観音の歳の市は大変なにぎわい。
四ツ時(午後十時)までごったがえしている。

新年のお飾りを売る声も
「市ァまけたァ、市ァまけたァ、注連か、飾りか、橙かァ」
と、かまびすしい騒ぎ。

どこかのお大名のお姫さまが、
家臣一人をお供に、お忍びで観世音にご参詣。

これが年のころ十八、九、実にいい女。
古風に言えば、小野小町か楊貴妃か、という美人。

そのお姫さまがどういうわけか、
浅草寺の階段を下りたところで、
にわかのさしこみを起こし、大変な苦しみよう。

お供の侍はあわてて医者を探して二天門を抜け、
当時「百助横丁」と呼ばれていた路地の左側に、
吉田玄随という町医者の看板を見つけて、そこへ姫を担ぎ込んだ。

こんゲンスイ先生、名前だけはりっぱだが、
実は高利貸しを兼ねて暴利をむさぼる悪徳医。

腕の方も、ヤブそのものだ。

姫君を見て、たちまち色と欲との二人連れ。

しめたと思って、侍を奥の間に控えさせ、
さっそく脈を取ると、姫君は苦しいのか、
好都合にもこちらに寄り掛かってくる。

女の体臭と、白粉、髪油の匂いが混じり合って、
えも言われぬ色っぽさ。

そのうち
「うーん、苦しい。胸を押さえてたも」

女の方から玄随の手をぐいっと自分の胸に……
先生、たまらずぐっと抱き寄せると、
とたんに姫が「あれーッ」と叫んだから、
侍がたちまち飛び込んできて
「これッ、無礼者、何をいたしたッ」
「い、いえ、その」
「だまれッ、尊き身分のお方に淫らなまねをいたしたからは、
その方をこの場にて討ち取り、拙者も切腹せにゃならぬ。そこへ直れッ」

泣く泣く命乞いの結果、口止め料二百金で手を打ったが、
そのとたん、侍の口調ががらりと変わる。

「おう、お姫、いただくものはいただいた。めえろうじゃねえか」

姫も野太い声になって
「あー、こんなもの着てると窮屈でしょうがねえ。
二百両稼ぐのも楽じゃねえな」

ばさりと帯を解いたから、医者は、さあ驚いた。

ニセ侍は手拭いで頬っかぶり、尻をはしょって
「おう、玄随、とんだ弁天小僧だったな。
確かに金はちょうだいしたぜ。
これからは、若え娘に悪さをするなよ。じゃ、あばよ」

玄随、唖然としていると、外の市の売り声が
「医者負けたッ」と聞こえる。

思わず
「あァ、姫(注連)か、かたり(飾り)か、大胆(橙)な」

【うんちく】

原作者は「イッパチ」の先祖

原話は、文政7(1824)年刊で、桜川慈悲成
(1762-1833)作の落語本「落噺屠蘇喜言」
中の「まじめでこわげらしいうそをきけば」。

この慈悲成は、寛政年間(1789~1801)から
狂歌師・戯作者・落語家・落語作者を兼ねた
マルチタレントとして売れた人。

また、慈悲成の弟子から、江戸の幇間の主流
「桜川派」が発祥しているので、この人、
「幇間の祖」でもあります。

前記の「屠蘇喜言」は、当人が自作自演した噺を、
そのまま出版したもので、原話というよりは、
この噺のオリジナルの原型といってよいでしょう。

大筋はほとんど現行と同じですが、医者の名は、
お伽噺の「桃太郎」をもじった「川井仙沢」、
侍に化けるのが「鷲の爪四九郎左衛門」という珍名。

また、藪医者が歌舞伎の道化方のように、
癪や薬のの講釈をべらべら並べ立てるなど、
滑稽味の濃いキャラクターになっています。

「鼻の円遊」から志ん生へ

明治の初代(「鼻の」)円遊の、明治23年1月の速記が
残ります。円遊は時代を明治初期の文明開化期に移し、
満員の鉄道馬車を出すなど、時代を当て込みました。

ちょうどその年に生まれた五代目古今亭志ん生が、
この噺を戦後得意にし、音源も残しています。
同時代では、二代目(先代)三遊亭円歌も演じました。

戦前はこの程度のものでも艶笑落語と見なされ、
高座で演じることはできませんでした。江戸末期の
濃厚な頽廃美が理解されにくくなっている現在では
演じる余地がなくなりつつある噺でしょう。

現役では、現・立川談志が、賊を男一人女二人の
三人組、医者を「武見太郎庵」で演じています。

弁天小僧は落語のパクリ?

現行の演出は、かの有名な黙阿弥の歌舞伎世話狂言
「弁天娘女男白波(べんてんむすめ・めおのしらなみ)」、
通称「弁天小僧」の「浜松屋の場」のパロディ色が
濃くなっています。

盗賊の弁天小僧菊之助が、娘に化けて呉服屋に
ゆすりに入る有名な場面で、

「知らざあ言って聞かせやしょう」

の七五調の名セリフはよく知られています。

ところが、この狂言の初演は、慈悲成の本が出てから
何と四十年近くのちの、文久3(1863)年3月、市村座。

これでは、どちらが先かは一目瞭然でしょう。

もちろん、作者の黙阿弥が落語に言及して
いるわけではないので、証拠はありませんが、
内容を照らしてみれば、この噺の、女に化けこんで
ゆする趣向をそっくり借りているのは明白です。

ただ、慈悲成のものでは、よく読むと姫に
扮したのが、女に化けた男だったという
はっきりした記述はありません。

むしろ、「お姫様は雪の御ン肌を胸まで出して」
というくだりがあるので、原典ではこれは本物の、
力自慢のバクレン女という設定だったと思われます。

それを、芝居の「弁天小僧」で黙阿弥がより退廃的に
美少年に変え、当たったので、落語の方でも逆に
今度は賊を、はっきり男にして演じたのでしょう。

姫かかたりか大胆な…

浅草観音の歳の市は、旧暦では12月17、18日の両日。

歳の市の皮切りは、同月14日、15日の深川八幡境内、
さらに神田明神がこのあと20、21日と続きますが、
浅草がもっとも賑わいました。

現在もそうですが、正月用品の橙や注連縄を賑やかな
口上で売りたてます。大津絵の「両国」に、

♪浅草市の売り物は、雑器にちり取り貝杓子、
とろろ昆布に伊勢海老か……

と、あります。サゲの「姫かかたりか…」は、
もちろんその口上の「注連(しめ)か、飾りか、橙か」の
もじりですが、前項の慈悲成の原典では

「まけたまけた、羊歯(しだ)か楪葉(ゆずりは)、
かざりを負けた負けた」

となっています。それに対応するオチは、現行と同じ
「姫かかたりか」なので、厳密にはこれだと地口として
ちょっと苦しいでしょう。

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