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2009.06.08

無精床(ぶしょうどこ)  落語

こんな店があったら、行ってみたいもんです。怖いもの見たさで。

「無精床」と異名をとる髪結床の親方。

大変にズボラな上、客を客と思わないので、
誰も相手にせず、いつも店はガラガラ。

何も知らず、空いてるからいいと迷い込んできた不運な客、
元結いを切ってくれと言えば
「自分でほどきねえな。てめえでできるこたァ、てめえでやれ」

頭を湿すのに湯をくれと頼む。

「頭ァしめすゥゥ? 水でたくだんだい。うちじゃ、水のねえときは唾だ」
「きたねえな。水はどこだい?」
「自分で探しねえ」

隅にたががはじけた汚い樽があったが、中は苔で青々。
水はボウフラがわいている。

親方が、きれいな水がよかったら横町の井戸で汲んでこいと言うので、
小僧を頼もうとすると
「うちの小僧は水汲みに置いてるんじゃねえ。自分で汲んでこい」

権助じゃねえやとぼやいて、泣く泣く樽の水で湿す。

その上、「おい、小僧。生きた頭につかまりな」と、
焙烙(ほうろく)のケツと、親方の向う脛(すね)の毛しかやったことのない、
十歳の小僧の稽古台にされてしまう。

小僧が高下駄をはいて剃刀を振り回すので、生きた心地がない。

痛いと思ったら、下駄の歯を削って、
あがった(ナマクラ)剃刀。

飴屋が来るとよそ見し、しまいには居眠りするので、親方が怒ってポカリ。

「おい、親方、オレの頭だ」
「向こうまで手がとどかねえから、おまえで間に合わせた」

なんだかえらくしみるので、頭に手をやると
「あー、血がでてきたッ。どうしてくれる」
「小僧、紙と糊を持ってこいッ」
「どうすんだい?」
「張っとくんだ」

そのとき、入ってきた犬を親方が追い払おうとするので、
わけを聞くと
「オレがこの前、よそ見して客の耳を片っぽ落っことすと、
こいつが入ってきてペロっと食っちまった。
それから人間の耳はうめえって考えやがったか、
いつもよだれ垂らして入ってきやがる。
おまえさん、かわいそうだから、片っぽおやり」

【うんちく】

大看板も好んだ噺

原話は不詳で、古い江戸落語です。

かなり暴力的でサディスティックなので、
よほど愛嬌たっぷりに演じないと、
現代では反感を買うかも知れません。

戦前は、昭和初期の爆笑王・初代柳家権太楼が
「ずぼら床屋」の演題で得意にしていました。

また、今のこぶ「正蔵」師匠の祖父・七代目
林家正蔵の昭和5年のレコードも残っています。
当時36歳。当代より若いのですが、テンポ軽快、
円転洒脱。何事もお勉強が肝心です。

そういえば、あの先代(!)三平も演っていました。
おやじ譲りですね。

戦後は、五代目古今亭志ん生のが何といっても秀逸。
六代目円生、五代目小さんも、「逃げ噺」的に
重宝に演じました。

サゲは、円生と小さんは血が出たところで切り、

「冗談じゃねえ。どれくれえ切った」
「なに、縫うほどじゃねえ」

としています。イマイチでげすな。

大江戸のスウィーニー・トッドたち

客の耳まで斬り落とすとなると、かの有名な
ロンドンの殺人狂床屋並みですが、それほどで
なくとも「営業停止処分」の店はまだこんなに。

床屋の失敗噺はほかに「片側町」と「根上がり」
があります。前者は、芝居好きの親方が、立ち回りの
つもりで剃刀を振り回し、客の片鬢を剃り落とします。

これでは表が歩けないと怒ると、

「当分片側町(路の片側だけ町屋になっている)を
お歩きなさい」

と、サゲるもので、短いので「無精床」とオムニバスで
つなげて演じることもあります。

後者の「根上がり」の親方は音曲、特に二上り新内の
熱狂的なオタク。これだけでオチは分かったようなもの。
二上り新内をうなりつつ髪を結い上げ、後で客が鏡を
見ると、まげの根元が上に上がり、はけ先が前にブラブラ。

「へい、根上り(=二上り)でございます」

志ん生のギャグから

●その1 
無精が集まって無精会を作ろうと
誰かが提案すると、

「うーん、よそうじゃねえか。面倒くせえ」

→ごもっとも。これは三代目桂三木助も、
「長短」のマクラに使っていました。

●その2 
火事を消すのが面倒で、焼け死んだ親子。
地獄で閻魔に、今度は獣に生まれ変わらせる
と言われ、おやじが、全身真っ黒で鼻の頭だけ
白い猫になりたいと希望。なぜかってえと、

「鼻をおマンマ粒と思ってネズミが食いに
くるとこを、寝てェてこっちが食う」

両国名物・並び床

髪結床については、精しくは「浮世床」をご参照ください。

なお、江戸時代には両国に「並び床」というのがあり、
土地の名物になっていました。

バラックのような、客一人しか入れない狭い店が
何軒も並んでいたもので、昼間のみの営業でした。

案外この噺の床屋も、そうした並び床の一軒かも。

江戸の床屋が頭をあたる光景は、今も歌舞伎世話狂言
「髪結新三」の序幕で、リアルに再現されます。

なお、「髪結」は「かみい」と発音します。
床屋が西洋式理髪店に変った明治期にも、下町では
「かみどこ」と呼んでいました。

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