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2009.06.18

元犬(もといぬ) 落語

江戸期からのスタンダードな噺。前座がよくやっています。

浅草蔵前の八幡さまの境内に、珍しい純白の戌が迷い込んだ。

近所の人が珍しがって、白犬は人間に近いというから、
きっとおまえは来世で人間に生まれ変われると言うので、
犬もその気になって、人間になれますようにと
八幡さまに、三七、二十一日の願掛け。

祈りが通じたのか、満願の日の朝、
一陣の風が吹くと、毛皮が飛んで、気がつくと人間に。

うれしいのはいいが、裸ではしょうがないと、
奉納手拭いを腰に巻いた。

人間になったからは
どこかに奉公しないと飯が食えないと困っているところへ、
向こうから、犬の時分にかわいがってくれた口入れ屋の上総屋吉兵衛。

奉公したいので世話してくれと頼むと、
誰だかわからないが、裸でいるのは気の毒だ
と、家に連れていってくれる。

ところが、なかなか犬の癖が抜けない。

すぐ這って歩こうとするし、
足を拭いた雑巾の水は呑んでしまうわ、
尻尾があるつもりで尻は振るわ、
干物を食わせれば頭からかじるわ。

着物も帯の着け方も知らない。

どこの国の人だいと首をかしげただんな、
おまえさんはかなり変わっているから、
変わった人が好きな変わった人を紹介しよう
と言って、近所の隠居のところに連れていくことにした。

隠居は色白の若い衆なので気に入り、
引き取ることにしたが、やたらに横っ倒しになるので閉口。

ウチは古くからのお元という女中がいるから、
仲よくしとくれと念を押すと、
根掘り葉掘り、身元調査。

生まれはどこだと尋ねると、
乾物屋の裏の掃き溜めだという。

お父っつぁんは酒屋のブチで、
お袋は毛並みのいいのについて逃げた。

兄弟は三匹で、片方は大八車にひかれ、
もう片方は子供に川に放り込まれてあえない最期。

なにか変だと思って、名前はと聞くと
「ただのシロです」

隠居、勘違いして
「ああ、只四郎か。いい名だ。今茶を入れよう。
鉄瓶がチンチンいってないか、見ておくれ」
「あたしは、チンチンはやりません」
「いや、チンチンだよ」
「やるんですか?」

シロがいきなりチンチンを始めたので、
さすがの隠居も驚いた。

「えー、茶でも煎じて入れるから、
焙炉(ほいろ)をとんな。そこのほいろ、ホイロ」
「うー、ワン」
「気味が悪いな。おーい、お元や、もとはいぬ(=いない)か?」
「へえ、今朝ほど人間になりました」

【うんちく】

志ん生得意のナンセンス噺

原話は不詳で、心学の教義を基にした
噺といわれ、生粋の江戸落語です。

明治期では三遊亭円朝が「戌の歳」、二代目
(禽語楼)柳家小さんが「白狗」と題して
速記を残しています。

戦後では八代目春風亭柳枝が得意で、
よく高座に掛けました。

柳枝では、上総屋のだんなだけ、シロが犬から
変身したことを知っている設定でした。

五代目古今亭志ん生も、噺の発想自体の古めかしさや、
オチの会話体としての不自然さを補ってあまりある、
ナンセンスなギャグ横溢で十八番に。

志ん生没後はあまり演じ手がありませんでしたが、
最近、荒唐無稽な発想がかえって新鮮に映るのか、
やや復活のきざしがあるようです。

人か獣か、獣か人か

オチは陳腐ですが、この噺のユニークさは、
「人が犬に」ではなく、逆に、「犬が人に」
転生するという、発想の裏をついている点でしょう。

さらに、その人間に生まれ変わった犬の立場に
立って、その心理・行動から噺を組み立てています。

こういう視点は、よくある輪廻や因縁ばなしの
盲点をつくもので、ありそうであまりありません。

考えてみれば、「ジャータカ物語」で、釈迦は
人から獣へ、獣から人へと、無数の転生を繰り返し、
ネイティヴ・アメリカンはコヨーテやバッファローや
馬や犬と人間は渾然一体、いつでも精神的、肉体的に
動物に変身できると信じていました。

したがって、転生は「可逆的」でなければおかしいのに、
なぜか、仏教的な輪廻説話では、人が前世の悪業で
畜生に転生させられるという、一方的なものばかりです。

アラビアン・ナイトでは、魔法でよく人が獣に
変身させられますが、一時的に姿が変っても、
主人公はあくまで「人間」です。

これは、人間があくまで「万物の霊長」で、それが畜生道に
堕ちてロバやオウムになることはあっても、
その逆は受け入れられないという意識の表れでしょうか。

とすれば、その意識の壁を破ったこの噺、
実は落語史上に残る傑作、なのかも知れません。

蔵前八幡って?

現・東京都台東区蔵前三丁目。

元禄7(1694)年、石清水八幡を勧請したので、
石清水正八幡宮の正式名があります。

白犬は人間に近い?

ことわざで、心学の教義、または仏教の転生説話が
根拠と思われますが、なぜ特に白犬なのかは
はっきりしません。

焙炉(ほいろ)って?

茶葉を火にかけて乾かす道具です。
木枠や籠の底に、和紙を張って作ります。
現在ではほとんど姿を消し、骨董屋を
あさらないと拝めません。

志ん生のギャグより

(上総屋);
「おい、食いついちゃいけないよ。人間が猫に
食いつくんじゃありません。おいッ、なんだって
そう片足持ちゃげて小便するんだよ。……あとを
においなんぞ嗅ぐんじゃねえってんだ」

蛇足・「元人」を信じた詩人

プロヴァンスの桂冠詩人にしてノーベル文学賞受賞作家・
フレデリック・ミストラル(1830-1914)は、カトリック信仰の
強固な南仏には珍しく、輪廻転生を信じていました。

ある日、ミストラルは突然迷い込んだ犬の目を見たとたん

「これは人間の目だ(笑)」。

以来、この19世紀最高の知性の一人は、終生、
この「パン・ペルデュ」と名付けられた犬が
死んだ知人か先祖の生まれ変わりと信じ、
文字通りの人間としての「待遇」で養ったとか。

別に「人面犬」の都市伝説ではないのでしょうが。

以上は「元犬」ならぬ「元人」の例ですが、
人と犬の、古代からの霊的? 結びつきを象徴する、
なかなか不気味な逸話です。

ミストラル先生の直感が本当なら、「犬の目」の
医者は、名医中の名医ということになりますな。

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コメント

焙烙って?
焙炉の説明なのに、タイトルが焙烙となり、説明の文も焙炉の説明と焙烙(中国の責め具)の説明が混じっているようですね?

投稿: NS | 2010.02.10 11:05

NS さま

ご指摘ありがとうございます。

こちらの勘違いでした。
すみません。
訂正させていただきました。

投稿: たか | 2010.03.04 16:47

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