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2009.06.02

反魂香(はんごんこう) 落語

妖しく艶のある降霊の夕べも、落語になると、ほらこの通りに。

浪人島田重三郎は、
吉原で全盛の花魁(おいらん)、高尾太夫と深く言い交わした仲だったが、
その高尾に仙台の伊達綱宗公がご執心。

側女にしようと言い寄ったが、
高尾は恋人に操(みさお)を立ててどうしてもうんと言わない。
かわいさ余って憎さが百倍、
逆上した殿さまに、哀れ高尾はつるし斬りというお手討ちにあってしまう。

数年の後、
今は世をはかなんだ重三郎は本所の棟割長屋に裏店住まい。

夜は香をくべて南無阿弥陀太と念仏三昧(ざんまい)で、
ひたすら高尾の菩提を弔っている。

重三郎が夜な夜なたたく鉦(かね)の音で、
長屋の連中が眠れなくて困るというので、
月番のガラ熊が代表で掛け合いにやってくる。

「せめて昼間だけにしておくんなさい」
とすごむ熊に、
「いや、それができぬわけというのは」
と、重三郎が打ち明けた秘密がものすごい。

自分はこれこれこういう出自の者だが、
この香は実は魂呼び寄せるという霊力を持った反魂香という
天下に二つとないもので、
夜半にこれをたき鉦をたたくと、
まぎれもない亡き高尾の姿がスーッと現れるというのだ。

熊公、半信半疑で恐いもの見たさ、
真夜中に「実演」を見せてもらうことになった。

当夜。

まさしく重三郎の言葉通り、
香の煙の上に、確かに女の姿。

重三郎が
「そちゃー、女房高尾じゃないか」

この世ならぬ声で唱えると、
安心したようにその姿はかき消すごとく消えてしまう。

ガラ熊も三年前に女房のお梅を亡くし、今はやもめの身。

ぜひ香を分けてほしいと頼むが、
重三郎は、これだけは命に代えても譲れない、と受け付けない。

しかたなく、ハンゴンコウというくらいだから、
ひょっとして薬屋にでも売ってやしないか、と出かけた熊、
越中富山の反魂丹とあるのを間違えて、喜んで山ほど買ってくると、
さっそく、その夜「実検」に取りかかった。

きんたま火鉢に炭団をおこしてくべると、モウモウと煙。

「そちゃー、女房高尾じゃないか」
と、むせながら唱えるが、出るのは煙ばかり。

こりゃ少しずうずうしかったかと、今度は
「そちゃー、女房お梅じゃないか」

女房は二の次である。

そのうち表から
「熊さん、熊さん」
の声。

「しめた。そちゃー、女房お梅じゃないか。
煙ったいから表口から回ってきたよ」

ガラッと戸を開けると隣のかみさんが
「困るよ。長屋中煙だらけじゃないか」

【うんちく】

ルーツは中国の故事

白居易(白楽天)の「李夫人詩」によると、反魂香は、
漢の武帝(前156-前87)が、愛妾の李夫人の魂を
この世に呼び戻そうと、方士(呪術師)に命じて
作らせたものとされます。

つまり、この伝説自体が遠い原話になるわけです。

反魂香は返魂香ともいい、芳香を放つ「返魂樹」
なる木から作られたとか。

日本の文芸作品にも、近松の浄瑠璃「傾城反魂香」
上田秋成の怪談読本「雨月物語」中の「白峰」
など、さまざまな形で登場します。

反魂香を焚き、霊が現れる図は、安永9(1780)年に
刊行された鳥山石燕の妖怪画集「今昔百鬼拾遺」
に収録されていて、これは現在、『画図百鬼夜行
全画集』(角川ソフィア文庫)で見ることができます。

原話二題

直接には、寛延4(1751=宝暦元)年刊の
漢文体笑話集「開口新語」中の小咄が
原型に近いものです。

これは、遊郭に入りびたって金がなくなり、
見世からお出入り禁止になった青年が、
オイラン恋しさのあまり悶々としたあげく
例の漢の武帝の故事を思い出します。

で、昔オイランからもらった恋文を燃やし、
一念によってオイランの姿を見ようと
しますが、間違って債権者のリストを燃やした
ので、たちまちに煙の中から借金取りが
雲霞のごとく現れるというお笑いです。

どのみち、これも中国種でしょう。

もう一つ、天明元(1781)年刊「売集御座寿」中の
「はんごん香」になると、やや現行に近くなります。

死んだ女房にもう一度逢いたいと恋焦がれる男。
友達の勧めで、薬屋で反魂香を買い、墓場で
焚くとアーラ不思議、墓石がガタガタ動きます。

喜んで、もう百匁買って焚けば姿が見えると、
家に金を取りに戻ると母親が「さっき
地震があったけど、どこにおいでだえ?」

そちゃー女房可楽じゃないか

もともとは上方落語で、万延2(1861=文久元)年の
大坂の桂松光のネタ帳「風流昔噺」に、「高尾
はんごん丹間ちがい、但しはみがき売)とあります。

明治中期に東京に移植され、二代目柳家(禽語楼)
小さん、三代目小さんによって磨かれました。

昭和から戦後にかけ、八代目三笑亭可楽が得意にし、
高弟の故・夢楽に継承。八代目林家正蔵も演じました。

音源は長らく、可楽のものだけでしたが、
最近は夢楽、故・志ん朝のものもあります。

また、「反魂香」のやり方で、声色で故人の落語家を
次々に霊界から呼び出すという趣向もありました。

これを演ったのは、確か夢楽だったと記憶しますが、
今では当人が呼び出される方に回っているのは
皮肉なものです。

高尾太夫は高嶺の花 1

高尾は歌舞伎十八番・助六で名高い吉原の大見世・
三浦屋だけが使える太夫の名跡です。

いわば商標登録済。

京・島原の吉野太夫と東西の横綱に並立する、
吉原のシンボル、太夫という花魁の最高位の
そのまたトップに立つ大名跡でした。

代々名妓が出て、七代または十一代まで
あったともいわれ、はっきりしません。

この噺の伝説に出る、俗にいう「仙台高尾」も
初代、二代または四代、五代と諸説あります。

まあ、伝説の美女は謎に包まれていた方が
より想像を駆り立てられてよいものです。

高尾太夫は高嶺の花 2

高尾代々については、資料によって説が違いますが、
通称だけを記すと、随筆「高尾考」では

①妙心高尾
②万治=仙台高尾
③水谷高尾
④浅野高尾
⑤紺屋高尾
⑥榊原高尾
⑩播州高尾

七代から九代は不明、で、十一代目の奇行と不行跡により、
寛保元(1741)年に高尾の名跡は断絶したとあります。

また、「洞房語園」では、初代、二代目は同じですが、
三代目を西条高尾、四代目を水谷高尾、五代目浅野高尾、
六代目駄染(=紺屋)高尾、七代目榊原高尾で、七代目で
絶えたとしています。

なお「紺屋高尾」(アップ済)をご参照ください。

反魂丹って?

江戸から明治期まで、解毒剤として、生薬屋で
売っていたものです。

オカルトじみた名ですが、要するに、毒であの世に
行きかけた命を、シャバに呼び戻す霊薬、
という宣伝でしょう。

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