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2009.06.04

一つ穴(ひとつあな) 落語

権助の登場する噺。古い江戸落語です。

ある金持ちのだんな、
ケチな上に口が悪いので、奉公人には評判がよろしくない。

そのだんなにお決まりで、外に女ができたという噂。

お内儀(かみ)は心穏やかでなく、
飯炊きの権助を五十銭で口説き落とし、
今度だんなが夜外出するとき、
跡をつけて女の所在と素性を突き止めてくるよう、言いつける。

まもなく、二、三日ぶりに帰宅しただんなが、
また本所の知人宅へ出かけると言いだした。
さああやしいと、細君は強引に権助をお供に押しつける。

だんなが途中でうまく言い繕い、
帰そうとするが、権助は
「人間は老少不定、いつどこで行き倒れになるかわからねえ」
などと屁理屈をこね、どこまでもついてくる。

ところがその権助の姿がふいに見えなくなったので、
だんなは安心して、両国の広小路から、
本所とは反対方向に清澄通りを左折していく……。

巻かれたふりをして、こっそり尾行する権助に気づかず、
だんなは、大橋(たいきょう)という大きな茶屋の横町を曲がり、
角から二軒目で抜け裏のある、格子造りの小粋な家に入っていった。

権助が黒塀の節穴からのぞくと、二十一、二で色白のいい女。

だんながでれでれになり、
細君の顔を見ると飯を食うのもイヤだの、
ウチの飯炊きのツラは鍋のケツだのと、
言いたい放題のあげ句、
昼間だというのにぴしゃっと障子を閉めてしまったのを見て、
権助はカンカン。

さっそく、ご本宅に駆け込んで、ご注進に及んだ。

もちろん、お内儀さんも権助以上にカンカン。

現場を押さえるため、今すぐに先方に乗り込むと息巻く。

権助はさすがに心配になったが、
下手に止めるとおまえも一つ穴の狐だと言われ、
しかたなくお供をして妾宅(しょうたく)に乗り込んでいく。

一方こちらはだんな。一杯機嫌でグウグウ寝込んでいるところへ、
二号の金切り声でたたき起こされる。

寝ぼけ眼でひょいと枕元を見上げると、
紛れもない細君が恨めしそうな顔でにらんでいるので仰天したが、
もう、後の祭り。

初めはしどろもどろ言い訳し、
なんとかこの場を逃れようとするが、
お内儀は聞かばこそ。

ネチネチと嫌みを言うので、
しまいにはこちらの方も頭にきて、
居直った挙げ句ポカリとやったから、さあ大変。

大げんかになる。

見かねて仲裁に権助が飛び込んできたからだんな、
ますます怒って、てめえは裏切り者だ、犬畜生だ、
と、ののしる。

こうなると、売り言葉に買い言葉。

「おらあ国に帰ると、天下のお百姓だ。どこが犬だ」
「何を言いやがる。あっちでもこっちでも尻尾ォ振ってるから犬だ」
「ああそれで、おめえは犬といい、お内儀さんは一つ穴の狐だと言った」

【うんちく】

今は昔、名人綺羅星のごとく……

原話は不詳で、幕末にはもう口演されていた
生粋の江戸落語。

ことわざからでっちあげられた噺は、ほかには
「大どこの犬」「長崎の強飯」「みいらとり」くらいで、
案外、あるようでないものです。

この噺、古い速記がやたらに多く、明治28年12月の
四代目橘家円喬を始め、四代目円蔵、初代円右、
二代目小円朝と、明治・大正の名人がずらり。

昭和から戦後でも、八代目桂文治、八代目春風亭柳枝、
六代目三遊亭円生が得意にしましたが、今は見る影もなし。

わずかに、柳枝、円生両人に師事した現・円窓、
本法寺で禁演落語の会を開いていた
「ロイド眼鏡の円遊」くらいでしょうか。

噺にも、はやりすたりがあるということでしょう。

円生の芸談

現在、音源はやはり「ばかうま」のこの師匠だけ。

円生は、この噺のカンどころとして、権助が
塀から濡れ場をのぞいて独白するくだりを挙げ、
「向うの言っている言葉を、いちいち復唱するように」
と芸談を残している通り、描写が写実的で詳細でした。

そういえば、お内儀が権助に、だんなの尾行を
強要する前半部は「権助魚」「悋気の独楽」などと
共通しているので、噺として独自色を出すためには
後半の濃密なエロ描写を眼目にするほかないのでしょう。

円喬以来、演出はさほど変わっていませんが、
二代目小円朝のように、発端部分をばっさり切って、
権助が帰ってきた場面から入る演者もありました。

名誉の禁演落語

当然ながらこの噺、戦時中の「禁演落語」の内で、
1941年10月30日、浅草・本法寺の噺塚に「祭られた」
栄えある53演目の一つ(穴?)です。

もっとも、これほど濃密なエロ具合では、禁演になる
以前に、昭和10年代には「問題外」だったでしょうね。

一つ穴の狐って?

もはや死語といっていいでしょう。
現在は「同じ穴のむじな」として、辛うじて
生き残っている慣用句です。

同腹、同類、共謀者を指す古い江戸ことばですが、
動物が替わって「一つ穴の古狸」「一つ穴のむじな」
となる場合もあり、いずれも意味は同じです。

これらは、巣穴を掘る習性のあることと、古くから
人を化かすといわれるのが共通点です。

なお「一つ」にも、独立して同じ共犯の意味があり、
歌舞伎でよく「○○と一つでない証拠をお目にかけん」
などと力んで、腹に刀を突き立てたりします。

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