« ふだんの袴(ふだんのはかま) 落語 | トップページ | 棒鱈(ぼうだら) 落語 »

2009.06.11

不動坊(ふどうぼう)  落語

けっこうえげつない噺です。

品行方正で通るじゃが屋の吉兵衛のところへ、
ある日、大家が縁談を持ち込んできた。

相手は相長屋の講釈師・不動坊火焔の女房お滝で、
最近亭主が旅回りの途中で急にあの世へ行ったので、
女一人で生活が立ちいかないから、
どなたかいい人があったら縁づきたい
と、大家に相談を持ちかけてきた、という。

ついては、不動坊の残した借金がかなりあるので、
それを結納(ゆいのう)代わりに肩代わりしてくれるなら、
という条件付き。

実は前々からお滝にぞっこんだった吉公、
喜んで二つ返事で話しに飛びつき、
さっそく、今夜祝言と決まった。

さあ、うれしさで気もそぞろの吉公、
あわてて鉄瓶を持ったまま湯屋に飛び込んだが、
湯舟の中でお滝との一人二役を演じて大騒ぎ。

「……『お滝さん、本当にあたしが好きで来たんですか?』
『何ですねえ、今更水臭い』
『だけどね、長屋には独り者が大勢いますよ。
鍛治屋の鉄つぁんなんぞはどうです?』
『まァ、いやですよ。あんな色が真っ黒けで、
顔の裏表がはっきりしない』
『チンドン屋の万さんな?』
『あんな河馬みたいな人』
『じゃあ、漉返し(すきがえし=紙すき)屋の徳さんは?』
『ちり紙に目鼻みたいな顔して』」

湯の中で、これを聞いた当の徳さんはカンカン。

長屋に帰ると、さっそく真っ黒けと河馬を集め、
飛んでもねえ野郎だから、
今夜二人がいちゃついているところへ不動坊の幽霊を出し、
脅かして明日の朝には夫婦別れをさしちまおう
と、ぶっそうな相談がまとまった。

この三人、そろって前からお滝に気があったから、焼き餅も半分。

幽霊役には年寄りで万年前座の噺家を雇い、
真夜中に四人連れで吉公の家にやってくる。

屋根に登って、天井の引き窓から幽霊をつり下ろす算段だが、
万さんが、人魂用のアルコールを
餡コロ餠と間違えて買ってきたりの騒動の後、
噺家が
「四十九日も過ぎないのに、嫁入りとはうらめしい」
と脅すと、吉公少しも動ぜず、
「オレはてめえの借金を肩代わりしてやったんだ」
と逆ねじを食わせたから、幽霊は二の句が継げずすごすご退散。

結局、「手切れ金」に十円せしめただけで、計画はおジャン。
怒った三人が屋根の上から揺さぶったので、幽霊は手足をバタバタ。

「おい、十円もらったのに、まだ浮かばれねえのか?」
「いえ、宙にぶら下がってます」

【うんちく】

パクリのパクリ??

明治初期、二代目林家菊丸(?-1901?)作の
上方落語を、三代目柳家小さんが東京に移植しました。

溯れば原話は、安永2(1773)年「再成餅」中の
「盗人」とされますが、内容を見るとどこが似ているのか
根拠不明で、やはり菊丸のオリジナルでしょう。

ただ、菊丸の創作自体、「樟脳玉・下」(別題
「源兵衛人玉」「捻兵衛」)のパクリではという
疑惑が持たれていて(宇井無愁説)、加えて
そのネタ元がさらに、上方落語「夢八」の頂きでは
と言われているので、ややっこしいかぎりです。

菊丸は創作力に秀でた才人で、この噺のほか、
現在も演じられる「後家馬子」「猿廻し」「吉野狐」
などをものしたと伝えられますが、晩年は盲目になり、
不遇のうちに没したようです。

本家・大阪の演出

桂米朝によれば、菊丸のオリジナルは
大ざっぱな筋立て以外は、今ではほとんど痕跡を
とどめず、現行のやり方やギャグは、すべて
後世の演者の工夫によるものとか。

登場人物の名前は、「登場しない主役」の
不動坊火焔と、すき返し屋の徳さん以外はみな
東京と異なり、新郎が金貸しの利吉、脅しの
一味が徳さんのほか、かもじ洗いのゆうさん、
東西屋(=チンドン屋)の新さん。幽霊役が
不動坊と同業で講釈師の軽田胴斎となっています。

利吉は、まじめ人間の東京の吉兵衛と異なり、
徹底的にアホのキャラクターに描かれるので、
上方版は銭湯のシーンを始め、東京のより賑やかで、
笑いの多いものとなっています。

なお、上方では幽霊の正体が最後にバレますが、
そのきっかけは、フンドシをつないだ「命綱」が
切れて幽霊が落下、腰を打って思わず
「イタッ」と叫ぶ段取りです。

サゲに四苦八苦

あらすじのサゲは、東京に移植された際、
三代目小さんが作ったもので、現行の東京のサゲは
ほとんどこちらです。ただ、明治42年10月の「不動坊火焔」
と題した小さんの速記では、

「てめえは宙に迷ってるのか」
「途中にぶら下がって居ります」

と、なっています。

オリジナルの上方のサゲは、すべてバレた後、

「講釈師が幽霊のマネして銭取ったりするのんか」
「へえ、幽霊(=遊芸)稼ぎ人でおます」

と、いうもの。これは明治2年、新政府から
寄席芸人に「遊芸稼ぎ人」という名称の鑑札が
下りたことを当て込んだものです。同時に
大道芸人は禁止され、この鑑札なしには、芸人は
商売ができなくなりました。

つまり、この噺が作られたのは明治2年前後、
ということになります。

しかし、これはダジャレで出来が悪い上、あくまで
時事的なネタなので、時勢に合わなくなると演者は
サゲに困ります。そこで、上方では幽霊役が散々
謝った後、新郎の耳に口を寄せ「高砂や…」の
祝言の謡で落とすことにしましたが、これもイマイチ。

試行錯誤の末、現行は上方では、大御所・米朝以下、
ほとんどはマクラで「遊芸稼ぎ人」の説明を仕込んだ上で
オリジナルの通りにサゲています。当然、サゲが違えば
切る箇所も違ってくるわけです。

また、故・桂枝雀は、1972年の小米時代に、幽霊役が
新郎に二十五円で消えてくれと言われ、どうしようか
こうしようかとぶつぶつ言っているので、

「何をごちゃごちゃ言うとんねん」
「へえ、迷うてます」

というサゲを工夫しましたが、のち東京式の「宙に
浮いとりました」に戻していました。

ほかにも、違った工夫している演者もいますが、
どれもあまりしっくりはこないようです。

前座の蛮勇、客の迷惑

東京では、三代目小さんから四代目、五代目に
継承された小さんの家の芸です。

五代目小さんはこの噺を前座の栗之助時分、覚えたてで
こともあろうに、神田の立花で延々45分も「熱演」。
のちの八代目正蔵にこっぴどく叱られたという逸話があります。

ほかには九代目桂文治も得意にし、現在でも東西で
多くの演者が手掛けています。

CDの数も多く、西では米朝始め、仁鶴、故枝雀、文珍、
東でも五代目小さん、九代目文治、現小三治、権太楼などで
聴くことができます。

人魂の正体

昔の寄席では、怪談噺の際に焼酎を綿に染み込ませて
火を付け、青白い陰火を作りました。

その後、前座の幽霊(ユータ)が客席に現れ、
脅かす段取りです。

黙阿弥の歌舞伎世話狂言「加賀鳶」の按摩道玄の台詞
「掛け焔硝でどろどろと、前座のお化けを見るように」
は有名です。

この噺は明治期が舞台なので、焼酎の代わりに
ハイカラにアルコールと言っています。

なお、古くは「長太郎玉」と呼ばれる樟脳玉も使われ、
落語「樟脳玉」の小道具になっています。

引窓って?

屋根にうがった明り取りの窓で、
引き綱で開閉しました。

歌舞伎・文楽の「双蝶々曲輪日記」の八段目
(大詰め)「引窓」で、芝居に重要な役割を
果たすと共に、その実物を見ることができます。

五代目小さんのギャグ

(吉公が大家に);
「…もう、寝ても起きてもお滝さん、はばかりィ
入ってもお滝さん……仕事も手につきませんから、
なんとかあきらめなくちゃならないと思って、
お滝さんは、あれはおれの女房なんだと、不動坊に
貸してあるんだと……ええ、あのお滝さんは
もともとあっしの女房で……」

|

« ふだんの袴(ふだんのはかま) 落語 | トップページ | 棒鱈(ぼうだら) 落語 »

落語のあらすじ 」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/60017/45304728

この記事へのトラックバック一覧です: 不動坊(ふどうぼう)  落語:

« ふだんの袴(ふだんのはかま) 落語 | トップページ | 棒鱈(ぼうだら) 落語 »