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2009.06.25

やんま久次(やんまきゅうじ) 落語

円朝門下の三遊一朝から彦六へ。しばしの空白期を経て、雲助が復活。

番町御廐(おんまや)谷の旗本の二男・青木久次郎。

兄貴がいるので家督は継げず、
他家に養子にも行けずに無為の日々を送るうち、
やけになって道楽に身を持ち崩し、
家を飛び出して本所辺の博打場でトグロを巻いている。

背中一面に大やんまのトンボの刺青を彫ったので、
人呼んで「やんま久次」。

今日も博打で負けてすってんてんになり、
悪友の入れ知恵で女物の着物、
尻をはしょって手拭いで頬かぶりというひどいなりで、
番町の屋敷へ金をせびりにやってくる。

例によって用心の伴内に悪態をつき、
凶状持ちになったので旅に出なくてはならないから、
旅費をよこせと無理難題。

どっかと座敷に座り込み、酒を持ってこいとどなり散らす。

ちょうど来合わせたのが、
兄弟に幼いころ剣術を教えた、浜町で道場を営む大竹大助という先生。

久次がお錠口でどなっているのを聞きつけ、
家名にきずがつくから、今日という今日は、あ奴に切腹させるよう、
兄の久之進に勧める。

老母がかわいがっているので、
自分の手に掛けることもできず、
今まではつい金をやって追い払っていた兄貴も、
もうこれまでと決心し、有無を言わせず弟の首をつかんで引きずり、
一間にほうり込むと、そこには鬼のような顔の先生。

「これ久次郎。きさまのようなやくざ者を生けおいては、当家の名折れになる。
きさまも武士の子、ここにおいて潔く腹を切れ」

さすがの久次も青くなり、泣いて詫びるが大助は許さない。

そこへ母親が現れ、今度だけはと命乞いをしたので、やっと
「老母の手前今回はさし許すが、
二度とゆすりに来るようなことがあれば、必ずその首打ち落とす」
と、釘をさされて放免された。

いっしょに帰る道すがら、
大助は、実はさっきのはきさまを改心させるための芝居だったと明かし、
三両手渡して、これで身支度を整え、
どこになりと侍奉公して、必ず老母を安心させるように、とさとす。

久次も泣いて、きっと真人間になると誓ったので、
大助は安心して別れていく。

その後ろ姿に
「おめっちの道楽といやあ、金魚の子をふやかしたり、
朝顔にどぶ泥をひっかけたり、三道楽(さんどら)煩悩のどれ一つ、
てめえは楽しんだことはあるめえ。
俺の屋敷に俺が行くのに、他人のてめえの世話にはならねえ。
大べらぼうめェ!!」

【うんちく】

江戸の創作落語

伝・初代古今亭志ん生(1809-56)作。元題は「大べらぼう」。

名人・三遊亭円朝が、自作の長講人情噺「緑林門松竹」
(みどりのはやし・かどのまつたけ)の原話となった芝居噺
「下谷五人盗賊」中の「またかのお関」のくだりに、
やんま久次郎を端役で登場させていますが、五人という
人数合わせのための作為で、筋との関連はなく、のちに
削除しています。

円朝門下の三遊一朝老人から、八代目林家正蔵に直伝され、
戦後は正蔵の一手専売でした。

その没(1982)後は手掛ける者がありませんでしたが、95年、
現・五街道雲助が復活させました。

彦六懐古談

この噺、元々長編人情噺で、この続きがあったと
思われますが、不明です。

「このはなしを一朝おじいさんがやって、圓朝師匠に
ほめられたそうです。『私はおまえみたいに、ゆすりは
うまくやれないよ』といって……(中略)最後は『おお
べらぼうめ~』といって、昔は寄席の花道へ引っ込んだ
ものです。『湯屋番』でこの手を遣った人がいましたね。
『おまえさんみたいな人はいらないから出ていっとくれ』
『そうかい、おれもこんなおもしろくねえところには
いたかねえ』といって、花道を引き上げるんです」

                (八代目林家正蔵談)

「やんま」は遊び人のしるし

やんまは「馬大頭」と書きます。国語力鑑定試験にでも
出そうな難字訓です。

やんまには隠語で「女郎」の意味があり、
女郎買いを「やんまい」「んやまい」などとも称しました。

久次郎のやんまの刺青は、それを踏まえた、自嘲の
意味合いもあったのでしょう。

怪人「べらぼう」

江戸っ子のタンカで連発される「ベラボーメ」。

ベラボーは、「馬鹿野郎」と「無粋者(野暮天)」の
両方を兼ねた言葉です。

万治から寛文年間(1658~72)にかけて、
江戸や大坂で、全身真っ黒けの怪人が見世物に出され、
大評判になりましたが、それを「へらぼう」「べらぼう」
と呼んだことが始まりとか。

言い逃れ、インチキのことを「へらを遣う」と呼んだので
その意味も含んでいるのでしょう。

三道楽煩悩って?

飲む、打つ、買うの三道楽。
「さんどら」の「どら」は「のら」(怠け者)からの
転訛です。「ドラ息子」の語源でもあります。

お錠口って?

武家屋敷の表と奥を仕切る出入口です。
杉戸を立て、門限以後は錠を下ろすのが慣わしでした。

御厩谷って?

現在の東京都千代田区三番町、
大妻学院前バス亭付近の坂下をいいました。

近接の現・靖国神社北側一帯が
幕府の騎射馬場御用地であったことに因みます。

付近はすべて旗本屋敷でしたが、
「青木」という家名はむろん架空です。

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