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2009.06.22

柳の馬場(やなぎのばば) 落語

原話は中国にあるそうです。

按摩の杢市は、
ある旗本の殿さまのごひいきに預かり、
足げく揉み療治に通っているが、
ある日、いつものように療治が終わってからのよもやま話で、
目の見えない人間をいじめる輩への怒りを訴えたところから
口が滑って、自分はいささか武道の心得がある、
と、ホラを吹いてしまった。

殿さまが感心したのでつい図に乗って、
剣術は一刀流免許皆伝、
柔術は起倒流免許皆伝、
槍術は宝蔵院流免許皆伝、
薙刀は静流免許皆伝
と、もうこうなると止まらない。
弓術は日置流免許皆伝、
まで並べたところで殿さまが
「剣や槍はわかるが、的も見えないそちが弓の名手とはちと腑に落ちんぞ」
と文句を言うと、そこは心眼で、とごまかす。

ますます口が滑らかになり、
ご当家は三河以来の馬術のお家柄なのに、
りっぱな馬場がありながら馬がいないというのは惜しい、
自分は馬術の免許皆伝もあるので、
もし馬がいればどんな荒馬でも乗りこなしてみせるのに残念だ、
などと見栄を切ったのが運の尽き。

殿さまが膝を乗り出して
「実はこの間、友人の中根が
『当家に馬がないのは御先祖にも申し訳あるまい。
拙者が見込んだ馬を連れてきてやろう』と言っていたが、
その馬が荒馬で、達人の中根自身も振り落とされてしまった。
きさまが免許皆伝であるのは幸い。一鞍責めてくれ」

按摩は青くなったが、もう遅い。

もとより馬のウの字も知らないから、
しかたなく、今のは全部うそで、
講釈場で「免許皆伝」と流儀の名前だけを仕入れたことを薄情。

しかし、殿さまは
「身供に術を盗まれるのを心配してさようなことを申すのであろう」
と、全然取りあってくれない。

若侍たちにむりやり抱えられ、鞍の上に乗せられてしまった。

馬場に向かって尻に鞭をピシッと当てられたからたまらず、
暴れ馬はいきり立って杢市を振り落とそうとする。

半泣きになりながら必死にぶるさがって、
馬場を半周ほどしたところに柳の大木。

この枝に慌てて飛びつくと、馬は杢市を残してどどっと走っていってしまう。

「杢市、しっかとつかまって手を離すでない。
その下は谷底じゃ。落ちれば助からん」
「ひえッ、助けてください」
「助けてやろう。明日の昼間までには足場が組めるだろう」

冗談じゃない。もう腕が抜けそうだ。

「長年のよしみ、妻子老母は当屋敷で養ってつかわす。
心置きなく、いさぎよく死ね」

耐えきれなくなり「南無阿弥陀仏」と手を離すと、
地面とかかとがたった三寸。

【うんちく】

円喬伝説、彦六好みのシブーイ噺

中国・明代の笑話集「應諧録」中の小咄が原型と
みられますが、本邦での原話は不詳です。

明治期は四代目橘家円喬の名演が、いまだに語り草です。
幼時に見た六代目円生の思い出では、円喬は座って
演じているのに、杢市が枝にぶら下がった足先に、
本当に千尋の谷底が黒々と広がって見えたとか。

円生は、生涯この噺を手掛けませんでした。

ほかにも初代三遊亭円左が得意としました。
円左は、円朝門下の俊秀でしたが、
目が細かったのであだ名が「按摩」「鍼医」。

この噺を何度も演じているのに、本格的に売り物に
しようというとき、わざわざ兄弟子の三遊一朝に
改めて断りに行ったそうです。明治人の義理がたさでしょう。

その一朝から、八代目林家正蔵(彦六)と二代目三遊亭円歌が
直伝で継承しました。

両者とも音源を残していますが、特に正蔵のものは、
地味ながら、滋味あふれる語り口で名品でした。

サゲは、この後「口は災いのもと」と「ダメを押す」
(正蔵)こともありました。

主人公の杢市は「富市」で演じることもあります。

彦六の芸談から

……杢市がぶら下がったとき、下から手を突き上げるように
すると、腕がのび切ったように見えます。(中略)

このはなしは先代の(注:八代目)文治さんもやりました。
文治さんのは、杢市がしゃべりまくるので、旗本がうるさがって
だまっちゃうんです。すると杢市が
「殿様、殿様、かわやへお立ちになったんですか」
「杢市」
「ああ、いた」
というところが、よかったですね。

彦六には、ほかに、主人公の按摩が終始一人称で
語る形式の人情噺「あんま」(村上元三・作)
がありました。

按摩と座頭

しばしば混同されますが、
前者は職業名、後者は位階です。

盲人の身分差、位階については
「松田加賀」をご参照ください。

按摩は揉み療治、鍼灸などを業とし、座頭の
位がもらえて初めて営業を許されました。

按摩には盲人だけでなく、目が見える者も
多く、その場合は座頭の資格ではなく、
頭を丸めて医者と名乗っていました。

黙阿弥の世話狂言「加賀鳶」の悪按摩・
熊鷹道玄とおさすりお兼はともに目開き。
お兼はゆすりに来て、

「按摩按摩と番頭さん、あんまり安くお言いで
ない。マクラ付きの揉み療治、二朱より
安い按摩はしませんよ」

と居直る通り、ついでにいかがわしいサービスも
行っていたわけで、実際、女按摩には
こういう手合いも多かったようです。

また、同狂言では、本郷・菊坂にあった
盲人だけの長屋の場があり、当時の風俗の
貴重なルポともなっています。

一般に、全身マッサージ(上下=かみしも)
の場合は、幕末で四十八文が相場とされ、
お兼の言う二朱は四百八十文相当ですから、
十倍! いくらなんでも無茶苦茶な「揉み代」です。

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