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2009.07.02

悋気の火の玉(りんきのひのたま) 落語

「悋気」は、ねたみ。「吝嗇」は、けち。よく出てきますね。

浅草は花川戸の、鼻緒問屋の主人。

堅物を画に描いたような人間で、
女房のほかは一人として女を知らなかったが、
ある時、付き合いで強引に吉原へ誘われ、
一度遊んでみると、遊びを知らない者の常ですっかりのめり込んでしまい、
とどのつまりは、
いい仲になった花魁を身請けして妾宅に囲うことになる。

本妻の方は、
このごろだんながひんぱんに外泊するから
どうもあやしいと気づいて調べてみると、
やっぱり根岸の方にオンナがいることがわかったから、さあ頭に血がのぼる。

ちくりちくりといやみを言い、
だんなが飯を食いたいといっても
「あたしのお給仕なんかじゃおいしくございますまい、ふん」
という調子でふてくされるので、
亭主の方も自分に責任があることはわかっていても、おもしろくない。

次第に本宅からの足が遠のき、
月の大半は根岸泊まりとなる。

そうなると、ますます収まらない本妻、
あの女さえ亡き者にしてしまえば、
と物騒にも、愛人を祈り殺すために「丑の時参り」を始めた。

例の藁人形に五寸釘を、恨みを込めて打ちつける。

その噂が根岸にも聞こえ、今度は愛人の花魁(おいらん)の方が頭にくる。

よーし、それなら見といでとばかり、こちらは六寸釘でカチーン。

それがまた知れると本妻が、負けじと七寸釘。

八寸、九寸と、エスカレートするうち、呪いが相殺して、
二人とも同日同時刻にぽっくり死んでしまった。

自業自得とはいえ、
ばかを見たのはだんなで、葬式を一ぺんに二つ出す羽目になり、
泣くに泣けない。

それからまもなく、また怪奇な噂が近所で立った。

鼻緒屋の本宅から恐ろしく大きな火の玉が上がって、
根岸の方角に猛スピードですっ飛んで行き、
根岸の方からも同じような火の玉が花川戸へまっしぐら。

ちょうど、中間の大音寺門前でこの二つがぶつかり、
火花を散らして死闘を演じる、というのだ。

これを聞くとだんな、
このままでは店の信用にかかわると、
番頭を連れて大音寺前まで出かけていく。

ちょうど時刻は丑三ツ時。

番頭と話しているうちに
根岸の方角から突然火の玉が上がったと思うと、
フンワリフンワリこちらへ飛んできて、
三べん回ると、ピタリと着地。

「いや、よく来てくれた。
いやね、おまえの気持ちもわかるが、
そこはおまえは苦労人なんだから、
なんとかうまく下手に出て……時に、
ちょっと煙草の火をつけさしとくれ」
と、火の玉の火を借りて、スパスパ。

まもなく、今度は花川戸の方から本妻の火の玉が、
ロケット弾のような猛スピードで飛んでくる。

「いや、待ってました。
いやね、こいつもわびているんで、おまえもなんとか穏便に
……時に、ちょいと煙草の火……」
「あたしの火じゃ、おいしくございますまい、ふん」

【うんちく】

これも文楽十八番

安永年間(1772~81)に、吉原の大見世の主人の
身に起きた実話をもとにしていると言われます。

原話は、天保4(1833)年刊、桜川慈悲成(さくらがわ
・じひなり、1762-1833)作の笑話本「延命養談数」
中の「火の玉」です。

現行は、この小咄のほとんどそのままの踏襲で、
オチも同じ。わずかに異なるのが、落語では、
オチの伏線になる本妻の,

「あたしのお給仕なんかじゃ…」

というセリフを加えるなど、前半のの筋に肉付け
してあるのと、原話では、幽霊鎮めに最初、道心坊
(乞食坊主)を頼んで効果がなく、その坊さんの
忠告で渋々だんな一人で出かけることくらいです。

この噺を十八番の一つとした八代目桂文楽は、
この仲介者を、麻布絶口木蓮寺の和尚にして
復活させていました。

文楽は、だんなが妾と本妻にそれぞれ白髪と黒髪を
一本ずつ抜かれ、往復するうちに丸坊主、という
マクラを振っていました。

その没後は先ごろ引退した三遊亭円楽がよく演じ、
現在でも高座に掛けられますが、音源は文楽のみです。

ケチと悋気はご親類?

悋と吝は同訓で、悋には吝嗇つまりケチと
嫉妬(悋気)の二重の意味があります。

また、一つの漢語でこの二つを同時に表す
「吝嫉(りんしつ)」という言葉もあるため、
ケチとヤキモチは裏腹の関係、ご親類という
解釈だったのでしょう。

こじつけめきますが、よく考えれば原点は
どちらも独占欲で、他人が得ていて
自分にない(または足りない)ものへの執着。

それが物質面にのみ集中し、内向すればケチに、
広く他人の金、愛情、地位などに向かえば嫉妬。

悋気は嫉妬の中で、当事者が女、対象が性欲と、
限定された現れなのでしょう。

焼き餅は遠火で焼け

「ヤキモチは遠火で焼けよ焼く人の、胸も焦がさず
味わいもよし、なんてえことを申します」
「疝気は男の苦しむところ、悋気は女の慎むところ」
というのは、落語の悋気噺のマクラの紋切り型です。

別にチンチン、岡チン、岡焼きなどともいいます。
「チンチン」の段階では、まだこんろの火が少し
熾きかけた程度ですが、焼き網が焦げだすと要注意、
という、なかなか味わい深いたとえです。

江戸で噂の花川戸

花川戸は、現在の台東区花川戸一、二丁目。
西は浅草、東は大川(隅田川)、北は山の宿で、
奥州街道が町を貫き、繁華街・浅草と接している
場所柄、古くから開けた土地でした。

芝居では、何と言っても花川戸助六と幡随長兵衛の
二大侠客の地元で名高いところです。

花川戸から北の山の宿(現在は花川戸に統合)に
かけて、戦前まではこの噺の通り、下駄や雪駄の
鼻緒問屋が軒を並べていました。

そういえば、舞台で助六が髭の意休の頭に下駄を
乗せますが、まさか、スポンサーの要請では……?。

大音寺って?

現・台東区竜泉一丁目で、浄土宗の正覚山大音寺。
向かいは、樋口一葉ゆかりの旧下谷竜泉寺町です。

箕輪の浄閑寺、新鳥越橋詰の西方寺とともに、
吉原の女郎の投げ込み寺でもありました。

「蔵前駕籠」にも登場しますが、大音寺門前は
夜は人通りが少なく、物取り強盗や辻斬りが出没した
物騒なところで、幽霊など、まだかわいい方です。

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