落語悠々(高田裕史)

2012.08.07

第9回 志ん生のギャグと名セリフ「替わり目」

替わり目

○…志ん生が映画でも演じた、夫婦の愛情の機微を描いた人情編。ただ、前半は酔っ払い亭主と車屋の滑稽なやり取り中心で、この部分のギャグは第4回で一つ紹介したので、ここでは夫婦のやり取りの間の、罪はないが味なギャグをいくつか。かみさんがなんだかだ言いながら夫唱婦随なのも、いかにも明治らしい。

物騒

亭主「おら、寝ねえ」
女房「寝ないでどうすんの?」
亭主「寝ないで、一んち(一日)、こんなこと(飲むしぐさ)やってんだ」
女房「なんだい、それは?」
亭主「こうやりゃ酒だよォ。硫酸なんか飲みゃあしねえよ、おらァ」

今なら、飲まされるかも。

照れ隠し その1

女房「何にもないよ。あたし、みんないただいちゃったから」
亭主「じゃあ、香こでいいや」
女房「お香こないの」
亭主「どうしたん0?」
女房「えー、まだね、漬けてないの」
亭主「ナマかい? じゃ、ナマで食う。で、あとから糠ァ食うから。(間)頭へ石乗っけてるから」

己のいやしさへの、さりげない自嘲。年功のいるセリフ。

照れ隠し その2

亭主「えー、忍術を使うような目ェしやがって。うん、いいんだよォ、おまいの顔なんてえもなァどうだって。おまえなんか、頭なんざなくったっていいんだい。手と足だけありゃいいんだ」

平成ニッポンの女房には、こういう反語は通りません。

照れ隠し その3

亭主「女なんざァな、世間にいくらもいるんだ。なァ、おれが表へ出て、りんを振ってみろ、女がワーっと集まってくらァ。もっともそりゃ、ゴミ屋だけども……。

屑屋と鈴という、今では通じなくなったシャレ。

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2012.08.01

第8回 志ん生のギャグと名セリフ「千早ふる」

千早ふる

○…志ん生流前座噺を。おなじみの知ったかぶり噺ながら、なかなかどうして、よほどの教養と創作の才がないと、これほどの見事なこじつけはできないという典型。文化のレベルは、ホラ噺とパロディーの質に比例するというのは、これ、古今東西の真理なり。思えば、江戸は早熟にして、薄命な都市だった。

知ったかぶり・その1 

甲「ちょっと聞きたいことがあるんですがね」
乙「うん、聞くってことはいいことだよ。うん。聞くは一時の恥、聞かずはマツダケの恥っていうくらいだからな」
甲「マツダケの恥って言うんですか、ありゃあ。どうしてです?」
乙「どうしてですたって、マツダケの恥じゃないか。なあ、ここにマツダケがどっさりあるのをな、人にもやらないでてめえ一人で食っちゃうだろう。食っちゃってから、ああ、一人で食いやがってざま見やがれ、意地汚しなんて恥をかくだろ」

マクラ。だじゃれも、こうまで開き直られるとねえ。
                                                
知ったかぶり・その2

甲「その中でもって、ひときわ目立ついい女(間)美人の取り締まりみてえのがでてきた」
乙「へへえ、そんなにいい女ですか?」
甲「そんなにいい女だっておまえ、うーん、こわれた金魚鉢みてえなもんだ」
乙「なんです、そのこわれた金魚鉢みてえってのは?」
甲「水の垂れるような女さ」
乙「(間)へんだよ、おまえさん」

このシャレはいまいち空振り。それを救うのが最後の、絶妙の間からのツッコミ。

知ったかぶり・その3

甲「へえー、そんな太夫がどうして乞食になるんですかね?」
乙「なろうと思やあ、なんにでもなれるんだよ。そのうちでも、乞食がいちばんなりいいんだ。おまえだってあしたっからなろうと思やあ、なれらあな。(間、投げ出すように)なるかい?」
甲(間をおかず)「やだよ、そんなの」

話は佳境に。これも音源で聴くと、たまらなくおかしい。

知ったかぶり・その4

乙(女が、竜田川に突かれて)その井戸の中へドボーンと落っこっちゃった。で、ブクブクブクッ(間)と、沈んじゃった」
甲「で、化けてでてきたんで?」
乙「いやあ、化けられねえ。腹がへってめんどくせえから、潜ったきりになっちゃった」

サゲ近く。ここで切ってもいいくらい。めんどくせえって、あんた、ねえ。                

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2012.07.31

第7回 志ん生のギャグと名セリフ「岸柳島」

岸柳島

○…さる渡し場で、サムライ同士の果し合い騒ぎ。くず屋が横暴な若侍にからまれ、あわや手討ちとなるところを、酸いも甘いもかみ分けたご老体の武士が機転を利かして救うという、おなじみの講釈ダネ。志ん生はここで、生涯一、二という、ものすごいギャグをかます。士農工商の身分意識を、これほどまでに見事に「わかりやすく」表現したものを、筆者は寡聞にして知らない。

無理難題 その1

武士「あー、あー、これっ、そっちィ寄れ、寄れっ、もっとそっちィ寄れっ。邪魔だっ。町人の分際で。なんだその方たちは、うー? 人間の形してやがる、生意気にィ。あー、もっと向こうへ行け、もそっと向こうへ行けっ」
町人「もう行かれません」
武士「川へ入れっ」
町人「冗談言っちゃいけません」
武士「あー、武士のそばィやたらに寄るな。(間)あー? まばたきをしてはならん。(間)息もするな」

侍が「やがる」というのもなかなかすごい。武士も江戸前か。

無理難題 その2

武士「だまれっ、その方は武士に対し、無礼なことを申すやつ、うー、これへ直れっ」
くず屋「へっ」
武士「これへ直れっ」
くず屋「へっ」
武士「船べりへ、首を出せっ。拙者もきせるの雁首を落としたから、その方も雁首を打ち落としてやるから、これへ出ろっ」
くず屋「へ、へえ、ごかんべんを」
武士「かんべんならんっ。首を出せっ。(間)遠慮をいたすなっ」

商売にしようとおのれがまいた種とはいえ、標的はくず屋に。

野次馬 その1

乗客・甲「チャリーンとやってあのじいさんは斬られる。え、するってえと、くず屋をな、返す刀であのさむれえは斬る。そいからおめえを斬る」
乗客・乙「おれは斬られないよ」
乗客・甲「斬らなきゃ、オレが頼んでやるよ。えー、そっちがすみましたら、ついでにこっちもやってください」
乗客・乙「床屋ィ行ったんじゃねえやい」

第3場、お約束で有象無象が大騒ぎ。「たがや」にも似たような場面が。

野次馬 その2

乗客・甲「やーい、てめえなんぞ、誰が、このだんながな、立ち合いなんぞするけえっ。てめえは、人間と立合うてえなあ、ずうずうしいぞ。そこにある柳の木とやってりゃってんだ。何ォ言いやァがるんでえ。こんちきしょうめえ。さっき、オレになァ、まばたききするなって、抜かしやがって、こんちきしょうっ。やいっ、ざまァ見やがれっ、宵越しの天ぷらァ」
乗客・乙「なんだい、宵越しの天ぷらてえなァ?」
乗客・甲「あげっぱなしィ」

この洒落は今でも使える。エスカレーター昇りのみで下りがないスーパー。けっっこうありますな。

野次馬 その3

船頭(水中に向かって)「やーい、どうせ身を投げるんなら、裸で投げンない。このしみったれめェ」

クライマックス。だまされた若侍が飛び込みざま、抜き手を切って船に向かってくる。サゲの後も、まだひともんちゃくありそうな気配。         

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2012.07.26

第6回 志ん生のギャグと名セリフ「饅頭こわい」

饅頭こわい

○……おなじみの前座噺。落語の基本だけに、名人と言われる師匠方はみな前座噺がうまく、晩年道を究めると、再び出発点に帰り、前座噺を高座に掛けることが多い。もっとも、ボケただけという説もあるが。志ん生はさすがに、誰でもやるような紋切型のくすぐりにも、一ひねり二ひねり加えて、爆笑編に仕上げている。テーマは「好き嫌い」の妙。

好き嫌い・その1 

甲「いろんな犬があるだろう、このごろは(間)え、こう(間)耳の長え犬だの、それから身体じゅう糸ッくずみてえな犬がいんな(間)あれほどくと、犬がなくなっちゃうようなのがいるよ」

 イントロダクション。動物を飼うにも好みがある、という前ぶり。
                                                
好き嫌い・その2

甲「ムカデはいやだ。あんちくしょうを見るとね、ああ、もしオレがムカデだったら、どうしような、って考える」
乙「だって、おめえがムカデなわけァねえじゃねえか」
甲「だけどもよ、あんなに足があったしにゃ、股しき買うったってたいへんだ」

 この発想のものすごさ。

好き嫌い・その3

甲「蛇なんざどうだい?」
乙「蛇なんぞ、おらァ、頭痛のするとき鉢巻にするんだ……あいつはね、向こうでキュッと締めてくれるから、とてもいいんだ、蛇ァ」
甲「トカゲはどうだ?」
乙「トカゲなんざァ、おめえ、トカゲだのヤモリだの、ああいうものは、みんな三杯酢にするんだよ。あれはオツだよ」
甲「トカゲなんかをかい?」
乙「うん、もうアリなんぞいやがるとね、寄せといてね、めしの上へね、ごま塩の代わりに(間)え? アリメシってんだよ。ごま塩がいごいて、食いにくいてえくらいだ」

 食事中、神経質な方はスルーで。

好き嫌い・その4

甲「え? まんじゅう? まんじゅうてえ動物、知ってるかァ? みんな?」
丙「おめえ、やつのこわがってるマンジューてえ動物はね、インドの奥の方かなんかで、トラかなんか追っかけてやがるんで」

 ひょっとしてマングースのこと? やっと饅頭登場というところで、お後がよろしいようで。

 

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2012.07.22

第5回 志ん生のギャグと名セリフ 吹き寄せ・その1

吹き寄せ・その1

○…志ん生といえど、そうそう一つの噺をギャグだけで持たせられるわけもなく、特に人情噺などで、一席にくすぐりが一つか二つということもけっこうある。ただ、その数少ない笑いがスパイスのように効いて、暗くなりがちな噺になんともいえぬよい後味を残すことがしばしばあった。今回は「吹き寄せ」と題し、マクラや小咄を含めた、小味なギャグを寄せ集めてみた。志ん生の「一人アンソロジー」をご堪能あれかし。

発想

主人「おい、権助や」
権助「おう」
主人「今朝はずいぶんなんだな、さぶいな」
権助「寒いったってまあ、こんなに雪降ってるからな」
主人「道理で冷えると思ったな。うん、どんくらい積もったな?」
権助「そうだね、五寸くらい積もっているね。横幅はわからないけんど」(和歌三神)
                                              
 よく考えると、なかなかにシュール。

曲がったことはきらい

酔客「まっつぐやってくれ」
車屋「まっつぐ行って、どう行くんです?」
酔客「まっつぐ、ずっとまっつぐ行け」
車屋「どっか曲がるんでしょ?」
酔客「曲がんなァ、きれえだ、おらァ」
車屋「家がありますよ」
酔客「家、こわせ」(かわりめ)

 これが、夫婦純愛譚に続くとは……。

これだけですが

角太郎「これこれ、あんま」
錦木「へえ、こんばんは」
角太郎「目をあけい」(三味線栗毛)

 「差別」じゃありません。これが江戸っ子のシャレてえもんです。

粋な柄

犬「ブチィ、いいじゃねえか、おまえは。えェ、着物なんぞ、始終同じものォ着てよォ。えー、柄が少し、派手だなァ、おめえのは」(マクラ、「元犬」ほか)

 志ん生得意の擬人ギャグ。

知ったふり

甲「ウワバミってえのは、どういうわけでウワバミって言うか知ってるかい?」
乙「ウワバミってえのはおまえ、ウワバミだから、ウワバミじゃないかよ」
甲「だから、どういうわけで、ウワバミだい?」
乙「ウワバミだよ、おまえ、なあ、ウワバミってものはね」
甲「うん」
乙「あー、山ん中へ行って……うわっと口をあいてな、こう、なんかバムんだよ。ありゃあ。だからウワバミだな、うん」(マクラ、「そば清」ほか)

 こういうのは、実際に音で聴くとたまらなくおかしい。

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2012.07.19

第4回 志ん生のギャグと名セリフ「王子の狐」

王子の狐

○…狐が人に化かされる、という逆手を使った傑作。サゲも胡椒が効いている。志ん生のは短いが、どの場面も抱腹絶倒のギャグが満載。ご紹介しなかった場面でも、男が折り詰め2人前かたり取るおかしさなど、「鰻の幇間」を思わせる。今回は第二幕「扇屋二階の場」、第三幕「友人宅の場」大詰「元の狐穴の場」から。

化けの皮がはがされて…… 

扇屋の源公:「二階なんだァい? え? なにがいるんだい、二階にィ? 俺が行ってやろうじゃァねえかァ、え? はばかりながらなァ、扇屋のなァ源公が、ここにがんばってるからにゃあなァ、驚くんじゃねえんだァ、ンとにィ。大蛇でもとぐろ巻いてんのか? 鬼がケツでも出してんのかい? 天狗があぐらけえてんのかべらぼうめェ。驚く源公じゃァねえやァ本当にィ。源公、知らねえかァ? 拳固(=源公)で殴るぞォ」

 ところが、狐と聞いたとたん……。
                                                   
友情ある説得

友人某:「相手がおめえ、甲羅をへてえるような、酒でもなんでも飲むような狐だから、おまえさんの恨みはもう、忘れやしないからねェ、だから、家ィ行ってごらん、もうおかみさんの方へもう狐が、ナニしてるから、うん。かみさんの口ィとんがらかってるから……。ねえ、はたきなんぞ持って方々掃除ィしてえたって、もうダメだよ、うん。『今頃までェ、どこィ行ってたんだい、本当にィ。テケレーテケレーテケレーテケレー』なんて方々はたいてたのが、ぱーんと飛び上がって」

 かくて、奇怪な三角関係が……?

子供にヨイショはしたものの

源兵衛:「あれァ、狐の子だよ、かわいいもんだねェ、え? 出てきやァがった、ああ、ちょいと、お嬢さんかい、おまえさんは? 坊ちゃんですか? お嬢さんだァ、ね? うん。いい子ねェ、いい子いい子、うん。いいお毛並みですよ、うん」

 なんでもなさそうで、これ、ジワジワと笑える。

復讐の連鎖

母狐:「ちくしょう、誰がかんべんなんぞするもんか」
                           

 畜生がちくしょうとは、これが本当のコンちくしょう。

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2012.07.17

第3回 志ん生のギャグと名セリフ 「火事息子」

火事息子

○…暮れの寒い夜、火事好きが元で勘当され、今じゃあガエンとなって背中にきれいな絵が描けた若だんな。近火で、蔵の目塗りにてんてこまいの実家の質屋へ、風のように現れて……。おなじみの円生十八番人情噺が、志ん生バージョンでは、このおかみさん1人で爆笑ギャグに。

せがれ帰る・第一報

「猫なんぞ、向こうィ行きやがれ、ちきしょう」

 ごもっとも。

再会・その1

「おまえはなんだねえ、ええ、そのほりものやなんか似合うねェ、え? いい男だねェ、そいでそのほりものがこう立ってるってえと、なんだか、こう、五代目の『め組の辰五郎』を見るような心持がするよォ、本当にィ……音羽屋ァ」

 「五代目」とは、五世尾上菊五郎です。この人が逝った年、志ん生13歳。蛇足です。

再会・その2

母:「お礼だから(せがれに金を)おやりっ」
父:「ンじゃあ、やんなよ。……すこゥしでいいよ」
母:「百両」
 

 この切り離れのよさ。というわけで「円生なんぞ、向こうィ行きやがれ、ちきしょう」
               

                                           
                         

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2012.07.16

第2回 志ん生のギャグと名セリフ 「大工調べ」

大工調べ

○…与太郎が店賃一両と八百のカタに大工道具を大家に取られ、後見人件代理人の棟梁・政五郎、義憤にかられ大家宅に乗り込む。おなじみ第二幕第二場「家主源六内の場」の大げんか。胸のすくようなタンカは志ん生の面目躍如。

棟梁政五郎・罵詈雑言の1

大家源六:「おまえさんはなんだな、あたしの前であぐらァかいたな」
政五郎:「あぐらァかいたがどうしたいッ。オレの足をオレがあぐらかけえてんだ。てめえの足であぐらァかかしてんじゃねえやいッ」

 ごもっとも。

棟梁政五郎・罵詈雑言の2

「てめえなんざなァ、元はどこの馬の骨だか牛の骨だかわからねえ人間で、この町内へ流れてきやがった……そこにいるばばァの亭主で、え? 六兵衛てえのが、番太郎ォしてて、傍ら芋を焼いて売ってた。てめえあ、ごまごまごまごましやがって、ばばァが芋を洗ってるってえと、薪を割ってやったりしてやがるうちに、ばばァとくっつきやがって、え?入婿同様にへえったんじゃねえか」

 大家の古傷をえぐって……。

与太郎にバトンタッチ、したものの……

与「てめえなんざ、うん、どこの骨めッ。え? 馬のォ、骨め、牛の骨ェ、シャモの骨め、唐傘の骨。あ、そうだ、この町内へ、な、な、なが、なが、流れ、流れやがった大水ゥ」
政「なにをいってやんだ」
与「そっでもってェなんだァ、ええ、ば、ばばァ、ばばァが、いィ、いィ、いもを割ってると薪を洗…あそゥ、あべこべ、あべこべにやりやがったんだろう、うん、そいで六兵衛とくっつきやがった」
政「ばか野郎、男同士でくっつけるかい」
与「男、男同士でくっつけるかよォ」
政「おめえ、おめえにそういってんだよォ」
与「おめえにそういってんだッ」
政「おめえだッ」
与「え? あ、オレだッ。……ごめんなさい」

 とうとう漫才に。

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2009.09.12

第1回 噺家とヒゲ

平出鏗二郎(ひらで・こうじろう)の「東京風俗志」は、
明治32~35年ごろの刊です。

当時の統計資料を駆使した、なかなか貴重な風俗資料で、
細密画によるさし絵が楽しいものです。

で、その寄席の項。

描かれた噺家が明らかにチョビヒゲ。
それも、髪をきっちり分け、チッキで固めた紳士風。

それが着物を着て扇子を持っているのですから、
アンバランスもいいところです。

「東京風俗志」の画家も著者も、
実際には寄席など入ったことがなかったのでは、
と勘ぐりたくなるほどですが、
高座とヒゲが、いかにアンバランスな取り合わせか、
なんとなくわかります。

昔から、ヒゲの落語家はいないもの
と、なんとなく思われていました。

現に、「古今東西落語家事典」(平凡社)でざっと調べると、
明治以後は、名人円朝からこのかた、
故人の写真では全員がきれいにツルツルです。

古くから、ヒゲは身分と権力の象徴でした。

明治時代になると、特に欧米の模倣で、
政治家や官吏、実業家などが軒並みご立派なヒゲを生やし始めます。
そのおこぼれで、軍人、警官、教師などは口ヒゲかチョビヒゲで、
天井を向いて歩いていました。

しかし、最底辺の芸人はヒゲなどご法度。

客にすれば、偉そうに高座から
天神ヒゲで見下ろされてはたまりません。

現代の落語家でもよもやいなかろう、
と思って、念のため調べたら、なんといました。

古今亭寿輔。

そうでした、そうでした。。
落語芸術協会所属の新作、古典ともこなすベテランで、
そのチョボヒゲはもはやトレードマークです。
まあ、この人の場合、ド派手な衣装もセットではありますが。

考えてみれば、高座で登場人物のイメージを妨げるというのも、
噺家にヒゲがいないゆえんの一つなのでしょうが、
寿輔の場合、偉そうなものではなく、
なぎら健一似の貧乏ヒゲ(?)のため、
かえってご愛嬌になっているのかもしれませんね。

とはいえ、寿輔の存在は、
長い落語の歴史で画期的なことに違いはありません。

現代では、派手なヒゲなど、
権威どころか、お笑いの対象になる時代。

いっそのこと噺家もグルーチョ・マルクスのごとく、
墨でべっとりヒゲを描いて高座に登場すれば、
それだけでバカウケするかもしれません。

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