柳家小せん(四代目)
どんな人?
1923年:7月24日、東京市・下谷区(東京都台東区)生まれ。
ただし、別資料では新潟県出身とも。
本名・飯泉真寿雄(いいずみ・ますお)。
父・真寿美(1892-1972)は当時、四代目蝶花楼馬楽(のち四代目小さん)門下で
花蝶を名乗り、落語のかたわら百面相を演じる芸人。
1934年:父が柳家小満んと改名。
1941年?:下谷中学を卒業。このころ、父の門下となり、柳家小満輔(こますけ)を
名乗った時期があったらしい。
1949年:4月、九代目柳家小三治(のち五代目柳家小さん)に一番弟子として入門。
前座名・柳家小満輔。
1950年:9月、師匠・小三治が五代目小さんを襲名。
1951年:二つ目昇進、小きんと改名。
1959年:3月、KR(現フジテレビ)系列「お笑いタッグマッチ」にレギュラー出演。
大喜利番組のハシリで、木曜昼からの30分番組。他のメンバーは三遊亭小円馬、
桂伸治、三笑亭夢楽、春風亭柳好、金原亭馬の助。小せんを加えた六人が、
二組に分かれて珍問答を繰り広げる趣向。ほかの五人はすでに真打で、小せん
(当時小きん)のみ二つ目だったが、小せんが連発した「ケメ子」が大ウケで
流行語に。これで一気にブレーク、以後「日曜演芸会」「大正テレビ寄席」
「末広演芸会」ほか、お笑い番組に相次いでレギュラー出演。とぼけた個性で
大喜利でボケ回答を連発、人気急上昇。
1961年:四代目柳家小せんを襲名、真打昇進。
1963年:12月、新宿コマ劇場公演「底抜け長屋」ほかに出演。
1965年:1月、東京映画「波影」で映画初出演。以後、「紙芝居昭和史」
(72年・東宝)まで、脇役ながら四本の映画に出演した。
1968年:4月、一番弟子の柳家せん松(現・せん八)が入門、前座名せん松。
1975年:10月、テレビ朝日系列「末広演芸会」にレギュラー出演。
小せんは桂米丸司会の大喜利「お笑い七福神」のメンバー。スミ塗られ役で名物男に。
2002年:5月16日、師匠の五代目柳家小さんが死去。
2003年:6月16日、春風亭柳昇の死去により、その時点で現役最年長の落語家に。
2004年:11月24日に上野・鈴本演芸場で「道灌」を演じ、これが最後の高座。
翌年正月、浅草演芸ホール上席でトリを勤める予定も休演。
2006年:10月10日午後10時23分、肺炎のため東京都足立区の病院で死去。83歳。
唯一の古典落語音源
「品川心中」(談志が選んだ・艶噺し7 コロムビアCOCJ-30756)
小せん師匠、現存唯一の古典落語音源です。
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小せんとひょっこりひょうたん島
小せん師匠といえば、
「ひょっこりひょうたん島」、デタラメデスの声。
「オリュンポス」のパロディ、クラレモッタ島の神さまの一柱。
宇宙の運行を司っているというのに、
やることなすこと、デタラメとズッコケばかり。
果ては、確か梅干泥棒までやらかしたはず。
まさに、小せんの落語や大喜利そのまま。
あの鼻から出る声だけで、完全に場をさらっていました。
今思えば、「ひょうたん島」でもあのシリーズは
「死神」に登場する、命のローソクも登場していて、
落語の影響が強く感じられます。